グリグリ眼鏡の女性記者さん
カンッ!
9回表2アウト。
わずかな願いを託して柴ちゃんの打席を見守っていた。2ストライク2ボールとなった5球目。低めのストレートを柴ちゃんが打ち返す。
わりと芯できっちり捉えまして低くいい打球が飛んだのですが、スカイスターズショート平柳君の守備範囲。
セカンドベースの左でワンシングルでゴロになった打球をクラブに収めると、素早いステップを踏みながら送球動作に入り、矢のような送球を1塁へ放る。
俊足の柴ちゃんも懸命に1塁ベースを目指したが、平柳君の無駄のない打球処理の前にはどうすることもできずに1塁アウト。
試合終了。
その瞬間、ドーム内がうわあっー!!っと、爆発したような大歓声に包まれ、グラウンドの真ん中でスカイスターズの選手達が笑顔で集まってハイタッチ。
すると、その最中またしても、ものすごい歓声。さっきよりも、ものすごい歓声。
何事かとバックスクリーンを見てみると、そこには他球場の試合経過が。
東日本リーグ
東北4ー7埼玉(7回裏終了)
横浜3×ー2北海道(試合終了)
西日本リーグ
福岡2ー0京都(試合終了)
広島0ー3愛知(9回表)
東日本リーグ2位の北海道が5位横浜にサヨナラ負け。すなわち、今うちに勝った首位東京にマジック1が点灯したのだ。
勝利に沸き立つグラウンドの雰囲気から逃げるように、俺がネクストからベンチに引き上げる頃には、首にタオルを掛けてバットやグラブ持った選手がしかめっ面で次々とベンチ裏に引き上げていく。
最後のバッターとなった柴ちゃんも首をかしげながら、やりようのない悔しさを押し殺しながら戻ってきて、スパイクのテープを緩める。
すると、足首が緩まる感覚になるのと同時に、グラウンド上で喜ぶ向こうの選手達の姿が余計に妬ましく見えるものだ。
2人でぼんやりとグラウンドの方を見ながら、俺達も荷物をまとめる。
「新井さん。もしかしてスカイスターズは、マジック1になったんすか?」
「ああ、北海道がさっきサヨナラ負けしたらしいよ」
俺がそう答えると、柴ちゃんは少し危機迫った表情になる。
マジック1になったってことは、明日うちが負けた瞬間に優勝が決まるということ。目の前で胴上げされるということだ。
その胴上げを許したからといって、うちに何か不利益があるわけではないが、目の前でわっしょいわっしょいされるのは気分がいいものではない。
その胴上げに1番程遠いチームとしては、それ特有が悔しさがあるかもしれない。
明日はなんとしても目の前での胴上げを阻止する。
それだけが今のうちのチームに取り組めることと考えるとだいぶ悲しい。
「新井選手、お話聞かせてもらってもいいっスか?」
「ああ、はい。いいですよ」
さっさとロッカーに引き上げようと、ベンチ裏から通路に向かおうとすると、取材エリアの方から女性記者に呼び止められた。
今時、ハンチング帽を被った分厚いグリグリ眼鏡の女性記者。黒いタイトなジーンズに足を捩じ込んで、赤と白のチェック柄のシャツ。肩から大きなセカンドバッグを下げて、首からボイスレコーダーを下げている。
正直怪しい風貌だ。年は俺と同じくらいに見えるが……。
しかし、萩山監督や宮森ちゃんをはじめとする広報担当の球団職員から、取材やインタビューには笑顔でニコニコ快くと言われているし、俺はにこやかに取材に応じることにした。
荷物を適当にその辺に置いて、取材エリアに向かう。
真っ白なボードの前。運搬の際にどこかにぶつけたのか、黒い擦り跡が残るそのボードの前に立つと、女性記者の他に、今日分の仕事は終わったけど、一応インタビュー録っとくかあという顔をした記者が2人寄ってきた。
今日はスカイスターズのマジックが1になった試合だからね。
1塁側にはたくさんの記者やカメラマンがいるだろうが。
寂しいものだ。
まあ、ダントツ最下位のチームとリーグ優勝間近のチーム。どちらの記事に需要があるかなんて、比べるまでもない。
「週間東日本リーグの大本ッス。1打席目のツーベースから話を聞かせてもらいたいんスけど……」
ペコリと会釈をして、メモ帳とペンを手にした女性記者がそう切り出す。
「まあ、ドンコラス投手とは何度も対戦してますからね。俺にたいしては、内側か高めの速いボールで押し込んでくるのは想定出来ました。だからいつもより、少し早めにタイミングを取りましたね。打球がいいところに飛んでくれてよかったです」
「なるほどッス。今日のスカイスターズは明日優勝が決まる可能性があるんスけど。対戦してみてどうッスか?」
「抜け目のないチームですね。1番平柳君、2番佐藤君は出塁率も高いし、野球を分かっている1、2番。クリーンナップはランナーを返す確実なバッティングをしてきますし、下位打線もいいバッターが揃っている。
石浜、ドンコラス、田崎の先発陣は強力だし、リリーフ陣は例年通り磐石。本当に強いチームだと思います」
「なかなかの分析力ッスね。感服するッス」
「あの……エブリスポーツですが……いいですか?」
ずっと話を聞いていただけの男性が手を挙げた。
「ええ、どうぞ」
「新井さんはここまで4割を越える打率を記録していますが、ご自身でその要因どこにあると思われますか?」
「んー……そうですね。企業秘密な部分もあるんで全部は話せませんが……」
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