マイコ先生の中の人 2
「私、生まれは小山なんですが。高校生の時に大田原市出身の仲良い子がいて、夏休みに何回か遊びにいったことがあります。いいところですよね。大田原市って」
少しおしゃべりすると、宮森ちゃんもだいぶ慣れてきたようでかりまんを頬張りながら、なんだか嬉しそうにそう話す。
「そうですね。最近はおしゃれなお店も増えましたし、私の好きな昔ながらの食堂や居酒屋さんが近所にあって今でも帰省したら家族で行くんですよ」
奈瑞菜さんも、まるで宮森ちゃんの姉のような優しい表情。
3人共栃木生まれということで、にわかに打ち解けてきたのだが、お腹も減ってきたし、そろそろ帰るかーみたいな雰囲気にもなってきた。
まあ今日はマンションまで宮森ちゃんに車で送ってもらって帰るだけだし、そういえばちょっと前にチラッと宮森さんがハンバーグを食べに行きたいみたいなことを思い出した。
「奈瑞菜さんはこの後、ご予定は?」
「今日は特にありませんね」
「それじゃあ、一緒ご飯いかがです? ご馳走しますよ」
ちょっとドキドキしながらそう訊ねると奈瑞菜さんはまた優しく微笑んだ。
「よろしいんですか?」
「もちろん。せっかくこうして知り合ったんですし………ねえ、宮森ちゃん。この前君が言ってたお店に……」
俺は横に座る宮森ちゃんの顔を覗き込んだ。
するとほんの一瞬。長い瞬きをしたら見逃してしまいそうなくらいの僅かな時間。
宮森ちゃんの眉が一瞬だけ険しくなった。
それを見て、俺は若干しまったと思った。
男ながらに、そのハンバーグのお店にはもしかして俺と2人で行きたかったのかと、感づいてしまったからだ。
「い、いいですよね! 行きましょう、行きましょう! 約束でしたもんね!!」
宮森ちゃんも宮森ちゃんで、俺やなずなさんが一瞬、空気を察したことに気付いたのか、ガタンと椅子から立ち上がり、俺の肩に手を置く。そういうところはまだまだ若いな。
そんな宮森ちゃんの様子を見たなずなさんは微笑ましい表情で俺達を見つめる。
「おふたりは仲良しなんですね。私が食事をご一緒したらお邪魔になりませんか?」
「ぜんっぜん大丈夫ですよ! 新井さんの驕りですから、遠慮せずに食べましょう! チーズは好きですか!? チーズは!」
「はい、大好きです」
「それならそこのハンバーグは食べないとソンですよ!ハンバーグ全体にコクのあるチーズがこれでもかと乗っていまして! しかもハンバーグにナイフを入れれば、さらに中からもとろけたチーズがドロッと………」
そんな調子でぶいーんと車を飛ばし、チーズがごてっちりハンバーグで有名なお店にで俺達は食事をした。
俺が場を盛り上げなくてはと気合い入れていたのだが、宮森ちゃんと奈瑞菜さんはなんだか思っていたよりも随分と仲良くなってしまった様子で、そんな心配はご無用だった。
3人でちょうど1万円の支払いになってしまった。
2人ともよく食べますわ。
「新井さん、昨日はごちそうさまでした! とっても美味しかったですよ!」
「いやー、確かに美味かったなあ。あのハンバーグ。高級なお肉はやっぱり違うよね」
「ですよね! 奈瑞菜さんも大喜びでしたもん!」
火曜日。午前11時。宇都宮駅。
今日明日は水道橋ドームで東京スカイスターズとのビジター2連戦。
宇都宮駅のホームで東京方面行きの新幹線を待っている。
平日の昼前。人もまばらな新幹線ホームに体格のいいいかつい男たちが24人。俺をいれれば25人。
北関東ビクトリーズの面々がいるということは、地元民なら1発で分かる。
主だった選手のところに、同じく新幹線を待つ乗客達がペンと紙を持ってやってくる。
キャプテンの阿久津さん。キャッチャーの鶴石さん。
「あら、やだ! このところで阿久津くんに会えるなんて!」
「すごいわねえ! 甲子園の時から応援してたのよう!」
「ここにサインしてもらえるかしら?」
球界でもベテランの領域に入るこの2人は、長年の野球ファンである、何処かに旅行にでも行くのだろうか、大荷物を抱えたおばちゃん達に取り囲まれている。
他の後輩選手達がいる手前、少し恥ずかしそうにしながら、阿久津さんと鶴石さんはサインと写真撮影に応えていた。
その様子を見ていた俺の元にも………。
「わー! 新井くんだー!」
現れたのはいたいけな幼女。
今日は少し肌寒い。ピンク色のタイツに白と黒のチェック柄のワンピースをお召しになった幼女様がいたいけな表情で俺に向かって突進。
しかしその途中。念願の俺まであと5メートルというところでポテッと躓いて転んでしまった。段差など何もないまっ平らなコンクリートの上で。
前のめりに倒れ、ツインテールを揺さぶりながら、両手とお腹でペタンと倒れ込んだ幼女様。
どこかを強く打ったりしたわけではなさそうだが、俺を見つけた高揚感からの転落と、転んだびっくり感で幼女様の表情は一気に曇っていく。
「ふ、ふえっ………」
幼女様が泣き声を上げるその1歩手前。ギリギリのところで俺はその幼女様を抱き上げた。
「あー、泣かない、泣かない。お姉ちゃんだもんねー。泣かないよねー」
つるつるな脇の下をくんくんじゃなくて………脇の下に手を入れて幼女様の体を抱き上げ、お尻の下に左腕を入れて持ち上げるようにして抱っこ。随分と慣れた手つき。
そんな風にして幼女様と同じ顔の高さにして、俺はあやすように言葉をかける。
すると幼女様は………。
「うん………。泣かない!わたし、お姉ちゃんだもん」
目尻いっぱいに溢れそうな涙を必死こらえながらそう答えた。
偉いぞ。
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