再びCM撮影の新井さん

もーいーくつねるーとーおしょーがーつー!



みたいな気持ちですよ。



横浜ベイエトワールズにに2連敗して1日空いて東北レッドイーグススにも2連敗。


明けて10月最初の月曜日。仙台遠征から戻った移動日になっている月曜日。ゆっくりお休みデーのはずなのだが、俺は広報の宮森ちゃんの運転する車で、宇都宮郊外のとあるスタジオに来ていた。


CM。プロ野球スマホアプリ、マイプロのCM撮影が行われるらしいのだ。


しかしおかしいのは、CM出演は1度限りのはずで、各球団を代表する選手にそれぞれ持ち回りで出演してもらうとプロデューサーその時言っていたのに……。



「いやー、新井さん! お待ちしていました! さあ、どうぞ。どうぞ。今日はいい天気になりりましね!」


髪の毛をシュバッと横分けにしわ眼鏡をかけたスマートな男。CMの制作会社の責任者の男。会うのはこれが2回目で、最初の時は若干おそろおそろに接してきていたのだが。



「相変わらず、新井さんの活躍は凄まじいですねー。僕は新井さんの打率を毎日確認するのが日課になっていますよ! はっはっはっ!」



俺のキャラを掴んだのか、俺の扱い方を掴んだのか、ずいぶんと馴れ馴れしい様子で、俺をスタジオ横の控え室に案内した。








「それじゃあ時間もないんで、早速今日の撮影の打ち合わせに入ろうかと思うんですが……」


責任者の男は横にディレクターの男を座らせ、数枚の重ねられた用紙を俺と宮森ちゃんにそれぞれ配る。


ディレクターの男は、そこそこ高価そうな腕時計を巻いた左腕をくねくねと回しながら、配った用紙の表紙に視線を落とす。


「えー、今回もスペースカンパニー社のプロ野球アプリ、マイプロの宣伝動画撮影になっておりまして……。前回と同じように新井さんにはビクトリーズのユニフォーム姿でマイプロを楽しんで頂ければ結構でございまして……」


ディレクターはそんな風に、早口で捲し立てるようにしながら、項目に沿うようにして説明を続ける。



俺はその説明口調をスパーンと遮断した。


「すみません!そういえば、どうして2回目のCMも俺が出演なんです? 次は東京スカイスターズの平柳君にお願いするって言ってませんでしたっけ?12球団の選手みんなに出てもらうって」


「それはもちろん、その1発目のCMが思っていた以上に好評価だったからですよ。今話題のプロ野球選手が自然にゲームを楽しむ姿。マイコ先生との絶妙なやり取り。こちらの不手際でゲームが中断してしまった時もきっちり突っ込んで頂いて……」







ディレクターがそう話すと、横に座る責任者の男が続ける。


「そのCMの出来がよかったおかげで、動画サイトの広告だけでなく、編集し直したものがテレビCMでも流れましたからね。我々も実入りが違いますよ!


そうなったらやはり、他の有名選手をキャンセルしてでも、新井さんにお願いしないといけませんからねえ」


そもそもなぜそのマイプロのCMに俺が起用されたのかは、その時に行われた初回アップデートの目玉選手が夏先からにわかに活躍していた俺くらいしかいなかったのが理由だった。


しかし、元から野球ゲームは子供の頃からプレイしていたから、ゲームの勝手や見せ所なんかは分かっているつもりだったのでそれが上手くハマったのだろう。


俺のひょうひょうとした性格もちょうどよかったのかもしれない。


そして結局のところ、こういうCMは印象と実益だ。


初回が上手くいったら過度な仕様変更はご法度。ウケたらウケたままのマイナーチェンジくらいで次のものを作るのがセオリーだ。


「そっすよねー! それは懸命な判断だ!今日も私にお任せなさい!ギャラ通りにきっちり働きますよ!! あっはっはっ!」



「「あっはっはっはっ!!」」



「CMの世界………なんだか汚いです」


男3人が高笑いする中、JD上がりの宮森ちゃんだけが険しい表情をしていた。







というわけで制作サイドの思惑も分かったところで用意された焼き肉弁当を平らげ、ユニフォームに着替えて撮影スタジオに入る。



そしてスタッフに促されるまま、後ろにパーテーションで仕切られたハンガーラックに、俺のレプリカユニフォームがかかっているロッカールーム風のセットに足を踏み入れる。


3台のカメラがズイッとセットを歩く俺に向けられる。


眩しい照明が焚かれる向こう側で、ニヤニヤしたスタッフがパラパラパラパラと拍手をしている。


そのままのノリでリハーサルもなくいきなり撮影がスタート。



「いやいやいやいやー!」



セットのど真ん中。座り心地抜群の人間工学チェアに腰を下ろしながら俺はため息混じりに息を吐く。



「やります? 2回目?」


俺がそう言うと、スタッフの乾いた笑い声がスタジオに響く。



「今日は移動日ですけど、忙しいのよ。月曜日の野球選手も………」


俺はあらかじめ渡された台本通りに、ちょっと嫌々連れてこられた感を出しつつ、セリフをこなす。


すると、それが言い終わるか終わらないか絶妙なタイミングで、目の前のモニターにナイスバティな教師コスのキャラクターが現れた。



「こんにちは。1ヶ月ぶりね。マイコよ」


「あらー、どうもマイコさん。お久しぶりでございます」

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