キッシー、しっかりして。
打球は人工芝の上を強くバウンドするものだった。相手のライトは肩の強い選手だが、キャッチングは上手な方じゃない。たまーにやらかすタイプ。
結構なんでもない打球をポロポロしている姿をなんとなく覚えていた。
1、2塁間をバウンドをしながら抜けた打球がちょうどそのライトの目の前でショートバウンドしそうな感じだった。いかにも打球を軽く弾きそうなタイミング。
だから俺は打球が内野を破りライトに抜けても、ダッシュの勢いを殺すことなく、2塁に向かうつもりで1塁ベースを蹴っていた。
そのベースを蹴った瞬間に、ライトが打球をラインの方向へボールを弾いたのが見えた。
そして俺はそのまま2塁へと向かったのだ。
ライトがライン方向ではなく、右中間方向に弾いていたり。2、3歩で打球を拾えるような弾き方ならあわてて戻って、その時は1塁ベースに頭から滑っていただろう。
そう言った意味では、俺は冷静だった。冷静かつ狡猾。ほんの僅かでも可能性があるならそれを追求する。
自分の野球勘を発揮して、ただのライト前ヒットを2塁打にする。
これが出来れば、打率4割なんて打てなくても、あと5年は野球選手として安泰ですよ。
俺はそうにやつきながら、2塁ベース上で胸についた土を手で払っていた。
「阿久津にたいして第3球目投げました!! 引っ張った!!三遊間破っていった! レフト前ヒット!……2塁ランナーの新井は、3塁を回った、回った!」
阿久津さんがインコースの速いボールを思い切り引っ張る。打球はグラウンドを這うようにしてサードの右へ。
飛び付くよりかは、なんとか倒れ込むようにして相手のサードが打球を止めにかかるが、その下を抜けていく。
相手の外野陣は、3番の阿久津さんにたいして1点をやらない前目な守備体形を敷いていたが、打球が3塁線近くに転がった打球ではレフトが処理して内野に返すまでには時間がかかる。
打球が抜けた瞬間に、3塁コーチおじさんはコーチャーズボックスを飛び出して、迫りくる俺に面白い顔を披露しながら右腕をぐるんぐるん回す。
俺もそれに応えて全速力で三本間を走り抜け、ボールの返ってこないホームベースをスライディングで駆け抜けた。
次打者の赤ちゃんに抱き締められるように出迎えられ、俺は少し恥ずかしくなりながらベンチに戻る。
「新井、ナイバッチー!!」
「さっすが新井さーん!」
ベンチの1番前。メジャー式の競り出ている手すりから身を乗り出しながら手を出して、ホームインする俺を出迎えるチームメイト達。
監督を先頭にして、コーチ陣、キャッチャーの鶴石さん、セカンドの守谷ちゃん。まだ出番のない控えの野手陣。登板予定はないがベンチ登録されている若手の投手陣。そして今日先発だった屋室くん。
みんなと順々にハイタッチしていく中、1番嬉しそうにしていたのは前の打席でふがいないピーゴロの俺を叱咤した、打撃コーチだった。
「ふーっ………」
一通りハイタッチをし終えて、ベンチに腰を下ろす。
すると後ろに誰かの気配を感じ、なんとなく振り返ってみると、金沢打撃コーチが俺の背中を叩こうとしていた。
「新井、ナイスバッティング。ナイス走塁だ」
金沢打撃コーチはそう言って、タコの跡だらけの固そうな手を握り、俺に拳を突き出す。
それに対してパーで迎え撃つという小ボケを披露しようとしたら、コーチの眼光が明らかに鋭く怒りに満ちたので、あわててグーにしてゴツっとぶつけ合った。
「その調子で頼むぞ。簡単に打ち取られるなよ」
最後にコーチはそう言い残して、監督の右隣。所定の位置に戻り、いつものように腕組みをして、打撃コーチらしく、打席に入る選手に厳しい視線を送っている。
ハイタッチが終わった後に、またわざわざ俺のところに声をかけに来るなんて。
さっきは言い過ぎてごめんなぁなのか。お前はやれば出来るんだから、しっかりやれなのか。
それともどっちの気持ちもあったのか、その真意までは分からないが、自分を指導してくれるコーチを少しでも安心させるのもまた選手の役目。
そんな気持ちになる第3打席だった。
まあ、その後最終回にキッシーが逆転弾食らって負けやがりましたけどね。
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