学園祭でプロの本気を見せる新井さん

「「あっと1枚! あっと1枚! あっと1枚」」


どことなく人だかりからプレッシャーのかかるコールが始まる。


男子学生達が拳を突き上げながら大声を出して盛り上げて、腕捲りをした女子学生達も手拍子をしてその声がどんどん大きくなっていく。


その中心でボールを持ってセットポジションの構えになるプレイヤーの男子学生。


恐らくは高校くらいまでは野球の経験者なのだろう。そのくらいの慣れた投球フォームで軽く足を上げたその学生はスリークォーター気味に右腕を振り上げて真っ直ぐボールを投げ込む。



残るパネルは7番の1枚。右打者から見てアウトコースの低め。


投げた瞬間は、そのコースに真っ直ぐいったかに見えた。


後ろから見ていた人達からも、これはいったと、わあっと歓声が上がりかける。



しかし、ボールは枠に近付くにつれておじぎした。あと1球のプレッシャーか、ボールを若干置きにいってしまったのだろうか。


そのままいけば見事パネルを居抜いたコースだったが、ボールがおじぎした分。


ガアンッ!!


パネルすぐ下のフレームに当たってしまった。




あとボール半個。枠に跳ね返ったボールは真上に弾き返され、その衝撃で揺れるストライクゾーンの中で7番のパネルはいまだ健在だった。








「「「あっーーー………!!!」」」



応援していた学生達から絶望にも満ちた落胆の声。大きなため息がイベントスペースを包んでいく。



コンクリートの上を虚しく弾むボールがなんとも言い難い。


「ざんねーん! 非常にいいペースでパネルに当てていたのでしたが、あと少しというところでした!しかし、今日の最高8枚を記録した彼に盛大な拍手をお願いします!!景品の大学名の入った特製スポーツタオルを差し上げます! お疲れ様でした!」



マイクを手にしてハキハキとしたしゃべりが興奮する、進行役の若い女性。この子もこの大学の生徒だろうか。


将来は優秀なリポーターになれそうな彼女の案内で、ため息が立ち込めていたイベントスペースに拍手と労いの声が飛び、プレイしていた男子生徒は悔しがりながら友達のいる辺りに消えていった。



「さあ! そろそろイベントスペースもお時間がなくなってきてしまいました!このストラックアウトも次が最後となりそうです!」


進行役の女子生徒がそうマイクで話す後ろで、スタッフがストラックアウトの枠にパネルを差し込み直していた。


「さあ、次がラスト!まだパーフェクトは出ていません! 最後に挑戦してくれる勇気のある方はいらっしゃいますかー!!」





進行役の子が明るくもそんな言い方をするもんだから、その最後のチャレンジャーに名乗りを上げる者が現れない。



辺りはざわざわとし始め、ところどころで、お前が行けよ! なんでだよ! みたいなやり取りはするものの、人だかりの真ん中に出ようという若者はいないようだ。



直前の彼があと1枚というところまでいったわけですから。これが最後と言われたらそれ以上の結果を求められてしまうので相当なプレッシャーがかかる。






しかし、スターとはそういう場面でこそ輝くものだ。





「どなたか、チャレンジする方はいらっしゃいませんかー!9枚抜けば、豪華賞品もありますよー!」


ストラックアウトのパネルの側で、辺りをキョロキョロしながら進行役の子が歩き回る。


時間が少し経つ度に、さっきまでの熱が冷めた気がして場が白けてきた雰囲気になりかけた時……。



気づいたら俺は、すっと右手を上げながら、人だかりの真ん中に向かって歩き出していた。



すると後ろで、ポニテちゃんとカレーのアミちゃんが驚いた表情をしている。



「ええっ!?」


「新井さん、行くんですか!?」



「なあに、最近は人前でプレーするのに慣れてきたところさ。かるーく、パーフェクトかましてきてやんよ。何せサヨナラヒット打ってるわけだからね」






人たがりを掻き分けて俺がずんずんと前へ進んでいく度に、観衆の視線が俺に集まる。


進行役の子も俺の姿が目に入ったようだ。


「おーっと!? ここで最後のチャレンジャーが現れました! しかも野球のユニフォーム姿です! これは期待出来そうだ!」


俺は右手を上げながら、にわかにざわめき立つ若者達の視線に応えながら、マイクを向けられた。


「どーも! 今日は仲のいい女の子に招待されてここにやってきました。……パーフェクト、期待してて下さい!!」



「「………ワアアァーー!!」」


俺が自信満々にそう話すと、一瞬の間を置いて期待に膨らむ歓声が上がった。



「それでは早速挑戦して頂きましょう!!チャンスは12球!それまでに9枚のパネルをすべて抜く事が出来ればクリアになります!」



向こうにネットが置かれた枠とホームベースから18メートル。


そこに引かれたラインに立ち、カゴ入れられたボールを手に取る。


安全面を考慮してか軟式ボール。しかも結構使い込まれた跡のあるボールだ。1つ1つのボールの感触が微妙に違う。


俺は右手だけでなく、バランスを取るために左手にも1つボールを持ち、投球動作に入る。


高校時代まで控えとはいえピッチャーだった俺の感覚が甦る。


調子がいい時はピッチャーマウンドからホームベースまでが近く見え、調子が悪いと遠く見えるもの。



今日のこのストラックアウトのホームベースは………。



非常に近く感じる。





スパーン!!




俺の投じた1球目が高めの左側、1番のパネルを見事居抜いた。










  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る