ジン、ジン、ジン………
札幌のドームを後にした俺達が乗るバスのムードは最高潮。
スカイスターズに3連勝して、今日は柴ちゃんの2ランショットが決勝点となり、北海道フライヤーズにも勝利。
依然としてダントツの最下位に変わりはないが、3ヶ月ぶりとなる4連勝にチームの誰もが喜びを隠せない。
試合に勝てば遠征先の外出オーケーという取り決めがあるうちにとって、札幌遠征の初日に挙げた勝利には、それだけで3勝分の価値があった。
あの店に行こう、この店に行こうとガヤガヤと浮かれる選手達を今日ばかりは首脳陣達も叱ることはしない。
みんな札幌の夜を楽しみにしているのだ。
それは俺も例外じゃなく、札幌で外出出来たらジンギスカン食べに行きましょうと、かねてより柴ちゃんと約束していた。
今日はその柴ちゃんの活躍で外出出来るのだ。隣の座席に座る彼は、有頂天で1時間後に行く店に確認の電話をしようとしている。
「あれー? 新井さん、柴崎とどっか行くんすか?」
後ろの座席からひょっこりと、同じ外野手の桃ちゃんが顔を覗かせる。
「前々からジンギスカン行こうって話しててさ。桃ちゃんも一緒に行く?」
俺がそう訊ねると、彼は俺の両肩に手を置き、激しく揺さぶる。
「行きたいっす!行きたいっす!」
「柴ちゃん、桃ちゃんも一緒にだから3人で電話しといて」
「わっかりやした」
まるで小学生が遠足に向かうような雰囲気がホテルに着いても続いていた。
「お待たせいたしましたー!」
柴ちゃんが電話したお店に無事3人で入店。もう10時過ぎだが、なかなか繁盛しているようで、店内はかなりの人。
あちこちのテーブルから、紙エプロンを着けた人達の賑やかな声が聞こえる。
俺達も3人で丸いテーブルを囲むようにして座り、とりあえずビールで乾杯。それを一口二口と口に含むと、スラッとした可愛い店員さんがお肉と野菜を持って来てくれた。
綺麗に盛り付けてあるお肉の乗った白い大皿を俺の目の前に置く。
「こちらがショルダー。羊らしい味わいが特徴でして、少し分厚いお肉がラック。羊の肩のお肉ですね。こちらのお皿はショートロイン。いわゆるヒレ肉になっておりまして………」
可愛い店員さんのレクチャーを受けながら、ジンギスカン鍋の溝にもやしや玉ねぎ、ピーマンといった野菜を敷き、鍋のてっぺんにお肉を乗せていく。
ジュワーっと熱が通っていくいい音。鍋のてっぺんから溢れ落ちた肉汁が溝にある野菜に滴り落ちていく。
「はい、新井さん。焼けましたよ」
柴ちゃんがいい感じに焼けたお肉を1枚俺の取り皿へ。
俺はその肉を箸で掴み、ちょいちょいっとタレをつけて口に運ぶ。
一噛みした瞬間、お肉の旨味とジューシーな肉汁が口いっぱいに広がる。
そしてキンキンに冷えたビールを一気に流し込む。
素晴らしい。
札幌は素晴らしい。
「お、タクシーきましたよ」
ジンギスカンに満足した外野手ルーキートリオの俺達3人は、路上でタクシーを捕まえて、遠征先のホテルへ。
その背後にあった味噌ラーメン専門店が気になったけど。そろそろ帰らないといけない時間だ。
「いやー、新井さん。ごちそうさまでした」
タクシーの後部座席。3人の中では1番体の大きい桃ちゃんが、上半身を縮こませて、少し窮屈そうにしながら、俺に頭を下げた。
「なあに。今日2人は頑張ってたからね。………まあ、俺も先制タイムリー打ったけどね!忘れないでね!」
「も、もちろんです!」
「当たり前じゃないっすかー」
まあ、飯食べに行ったら、1番上にいる人間がお勘定するのが野球界の慣わしみたいなところはもちろんある。
この中では俺が1番年上になってしまうんだけれども。
そもそも俺達同期入団だし、むしろ俺が1番ドラフト順位下だし。ビクトリーズに入団するまでの経緯を考えてみても彼らの方が圧倒的にエリートだ。
そうは思ったが、まあ打率が1番高いのは俺だからね。野球選手って結局打率ですから。
俺は自分にそう言い聞かせて、作ったばかりのピカピカのカードを出したのだが。
実はジンギスカンってそんなに美味いものかね?
1時間半前まではそう思っていた。
1ヶ月くらい前に、いやらしく腰を振りながら、ロッカールームでユニフォームを脱ぎ脱ぎしていた時に、柴ちゃんからジンギスカン行きましょうよーと言われた時は、正直えー………。という感じだった。
同じお肉なら、焼き肉やしゃぶしゃぶやすき焼きの方が食べたいし、ステーキとかハンバーグだって食べたい。
そもそも、羊の肉なんて美味いの? 結構クセがあるんじゃない? ああいうお肉って。美味ければスーパーとかでもっと出回っているでしょ!
そんな考えだった。
それでも柴ちゃんは、札幌で外出出来たら本場のジンギスカン食いに行きましょうよとあまりにもしつこくしてくるから渋々了承したわけ。
よく見なくても俺よりデカイちんちんを所持しているだけでこっちは常にイライラしていたから、今日の試合が終わった後も、乗り気ではなかった。
しかし、いざジンギスカンを食ってみたら、美味いこと、美味いこと。
思っていたより全然臭みとかくどさがないんだけど、牛や豚とはまた違う味にハマってしまいそうなくらいに気に入ってしまった。
まあ、元々ひねくれた性格の上に、育った家がお金持ちではなかったので、根っから貧乏舌だったから、食べ慣れていないものは敬遠する傾向にあったのだけれど。
みのりんやマイちゃんはジンギスカンを食べたことはあるのかなあと。
今度、かしまし娘達にも食べさせてあげたいなあと、そんなことを考えたりもしていた。
流れゆく札幌の夜の街を眺めながら。
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