2者連続を狙う新井さん

「これは見送った………ボール! 柴崎、きわどいコースの変化球を見逃してこれでフルカウントです。これは決めにいったマーヴィンの変化球でしたが、球審の手は挙がりませんでした。フライヤーズのバッテリーは悔しそうです」



「今のはどっちとも取れるボールでしたけど、バッテリーは取って欲しかったですよねえ。もう、最高のボールですよ。こうなったても、次の打者が新井ですのでね。歩かせたくないですよねえ。今日もいいところで打っていますから」



柴ちゃんフォアボールでいいよ、フォアボールで。


勝ち越しのチャンスは俺に回してくれ。


俺はまだヒーローインタビューというものをやっていないんだから。


今日は俺に譲ってくれ。


ネクストから見つめる俺にはそんな願いもあったりした。そのくらい今の俺には妙な自信があった。


しかし、柴ちゃんが真ん中にきた速いボールをカツーンと打ち上げる。



「打った! ………ライトへ上がった! ライトがバックして、バックして………打球はどうでしょうか!?フェンス際構える!…………入ったー!! なんと!! 入りましたー!!柴崎の勝ち越し2ランホームラン! マウンド上のマーヴィンガックリ!


ルーキー柴崎の打球がライトスタンドに飛び込んでいきました! 今シーズン第4号! これは両チームにとって非常に大きな2点になりました!」






ナニイィィッ!?柴ちゃん、スゲー!!








打ってから打球がスタンドに着弾するまでの間。一瞬ライトフライかなとがっかりするくらいの滞空時間の長いホームランだったから、2塁に向かって走りながらの彼が1番驚いたのかもしれない。



2塁ベースの手前でようやくといった感じで、ライトスタンドにいるビクトリーズファンの方に拳を上げながらダイヤモンドを1周する。


3塁コーチおじさんとハイタッチをして、尻を叩かれた彼が笑顔でホームに返ってくる。


打たれたピッチャーは悔しがりながらマウンドの周りをうろうろして、キャッチャーは呆然と立ち尽くすように、ホームベースを踏む柴ちゃんの足元を見下ろす。


「よっしゃあ!」


ホームインした柴ちゃんが俺を視界に入れて、右腕を振り上げる。


「たまにはやるな、柴ちゃん。ナイスホームラン。ヒーローインタビューおめでとう」



「あざーすっ!! しゃあっ!!」


ちょっとイキッたような表情を浮かべながら、柴ちゃんは俺の出した腕に、がっちりと自分の右腕をぶち当てる。



そしてその後ろにいる先頭打者として出塁した鶴石さんを労う。


「さっすが、鶴石さん。ベテランの味!」


「2者連続ホームラン狙えよ。そろそろお前のホームランを見せてくれ」


鶴石さんはそう言ってにやっとした。


そんな顔されたら黙っていられませんね。


「まっかしといて!!」



俺は意気揚々と打席に向かった。








2点勝ち越して2アウトランナーなし。


1発食らって相手ピッチャーはガックリきている。


これはチャンス。


マジのマジで1発狙って凡退しても怒られない場面だね。


チラッとベンチを見てみると、萩山監督もヘッドコーチもブルペンと繋がっている電話機を持つ吉野ピッチングコーチと話していて打席に入る俺の方なんて誰も見ていない。


チームメイト達も、ホームランを打った柴ちゃんを祝福するのに夢中で俺の方を見ていない。




そう。誰も俺のことなんて見ていないんです。



世の中ってそういうものなんです。



だから俺はより一層ホームランを狙う気持ちが高まった。


今シーズン、俺のホームラン数はいまだ0。しかしそれは、貧打に苦しむチームの2番打者としての役割を全うしていたからですよ。


時にはバントをして、時には柴ちゃんの盗塁をアシストして、時には自由に打ちたい気持ちを押さえてランナーを進めるバッティングに徹したり。


そういうのがあった故のホームラン0ですよ。


芯食ったらスタンドまで飛ばせるんですよというところを見せておかないとね。


プロに入って、何十本何百本のホームランを間近で見てきましたからね。


打ち方はだいたい分かりますよ。


バットはグリップエンドに小指を掛けるくらい目一杯に持って、打席の1番後ろに立って、ピッチャーの速いボールに1、2、3で振る。


ボールの下っ面をバットで擦り上げるようにして、レフトに引っ張り込むように打ち上げる。



カアアァンッ!



「これも大きな当たりだ!!新井の打球がレフトへ伸びていく!!」




ほら、出来た。









「と思いましたが、レフト正面の平凡なフライでした。3アウトチェンジです」








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