盛りのついた新井さん
「それでさー、せっかくクラブハウスのおばちゃんに作ってもらったうどんをロンパオに食われてさー。で作り直してもらってる間に、宮森ちゃんに側でギャーギャー騒がれてたら、今度はシェパードに食われてさー」
「イタリアの人もうどんを食べるんだね」
「結構好きみたいだね。でも、麺をすするっていう文化がないから、めっちゃ食べづらそうだったけど。なんか箸で小さくちぎりながらスプーンですくって食ってた。俺のうどんを……」
「今度うどん作ってあげるから、元気出して新井君」
日曜日の夜。一緒に夜ご飯を食べた後、仕事に出かけるみのりんを仕事場である洋菓子工場歩いて送っていた。
たわいのない、食い意地ばっかり張ってるダメダメな助っ人外国人の話をしていたら、あっという間に運動公園を抜けて工場に到着してしまった。
「お仕事頑張ってね。朝6時50分くらいに、お迎えにくるから」
「うん。ありがとう。お迎え来れる? 疲れてたら無理しなくても大丈夫だよ?」
みのりんは少し低い位置から俺の顔を覗き込むようにして心配している。
思わずちゅっちゅっしてしまいそうになった。
唇が触れるギリギリで踏みとどまる俺。
「全然へーきだよ。朝、山吹さんを迎えにいくようになってから、健康になって、ますます成績も上がってきたし。こっちがありがとうって言いたいくらい!」
「そう? それじゃあ、一緒にパン屋さんに行こうね。明日の朝オープンだから」
みのりんは少し安心したように、ニコリと笑った。しかし、どこか残念そうだ。
「そうだったね。行こう、行こう」
というわけで、ランニングで家に帰り、網膜に保存しているみのりんをおかずにした後、ぐかーぐかーとぐっすり眠った俺は朝6時20分にパチーンと目を覚ました。
ダッシュでシャワーを浴びて髭を剃り、眉を整え、自慢のイケメンフェイスにも、ドラッグストアで購入した男の化粧水を塗り込んで。
辛い緑の液体でクチュクチュ口臭ケアもオッケー。ちゃんとシューシューもして体臭チェックも万全。
ちょっと攻めたサファリ柄のハーフパンツに青色のTシャツで爽やかさもアピール。
準備を万全に整えて、俺はみのりんを迎えに行く。
犬に吠えられ、カラスに追いかけ回され、ネコのケンカの仲裁もして、仲直りさせてそのまま交尾まで指南して。
そんな感じでなんやかんやとありまして、俺はみのりんの仕事場に到着。詰所の警備員にビッと敬礼をして、工場の出入口前で待ち構える。
時刻は6時45分。
ちょうどいい時間だ。
仕事を終えた人達が工場から次々と出てくる。
その中に、ちんまい眼鏡の黒髪微乳ガールがトコトコと小走りで近寄ってきた。
「お待たせ、新井くん。待った?」
「お疲れー。全然。ネコの交尾見てたらあっという間だったよ」
「あ………そう」
あれ? みのりんがドン引きしているぞ。
「それでね、班長さんがクリームの配分を間違えちゃって、途中まで作ったキャラクターケーキが全部廃棄になって………。それが判明した時の阿鼻叫喚具合は地獄でした。まだ全体の2割くらいだったから、そこまでの損失ではなかったけど」
「えー。班長ちゃんとやれやー!……そういう時って全部捨てちゃうの?」
「うん。……でも、内緒だけど。お昼休みとかにおやつとしてみんなで食べることもあるけどね。新商品とかも試しで作ったものをちょっと取って置いたりして……」
「へー、そうなんだ。おやつにケーキ食べられるのは羨ましいなあ。でも、食べ過ぎには気をつけてね。太っちょみのりんは嫌だからさ」
「う、うん?………気をつける」
そんな会話をしながら運動公園横をテクテク。今日のみのりんはどんなご飯を作ってくれるかなあと考えていたら、そのみのりんに呼び止められた。
「新井くん? 何処に行くの?昨日の夜言ったこと覚えてる?」
昨日の夜? え、なに? なんか約束したっけ……。
あ、そうか。みのりんは20代半ばなのに、まだ処女さんだから焦っているのか! 俺はそういう結論に至ったので、彼女の手をがしっと握った。
ちゃんと指を絡めるタイプのやつで。
これでみのりんも安心するだろう。
さてさて1番近いホテルはどっちだったかしら?
などとエヘエヘしながら、とりあえず東に向かって歩こうとすると、少し顔を赤くしたみのりんが首を横に振る。
「あの……新井くん。そうじゃなくて」
「あれ? 手を繋いで、それから色々するということをお望みじゃなかったの?」
決して間違いではないんだけど、そうじゃなくて……。ほら、今日オープンするパン屋さんに行こうって約束していたでしょ?」
みのりんはそう言いながら、俺があげたバッグからスズメベーカリーのチラシを取り出す。
手を繋いでラブホ特攻案は間違いではなかったんだ。
500円ごとに100円引きになるクーポン券つきのチラシだ。
「そうだっね! もーちろん忘れてないよお?」
俺そう取り繕ったが、みのりんはジトリとした目を俺に向ける。
「ほんとうに?」
「ほんとうだよ」
「ほんとかなあ。……怪しい」
そのちょっとジトりとしている視線がたまらない。また新しいおかずが出来てしまうぞ。
とりあえず、半分くらいは正解していたみたいなので、手はそのまま繋いだ状態で俺達は歩き出し、パン屋さんの元へ。
運動公園の角を曲がると、爽やかな風に乗ってパンの焼けたいい匂いが漂っている。
「あ、もう並んでいる人がいるじゃん」
「ほんとだね」
真新しい白の外観のお店の周りには既に数人が列を作っている。
そしてちょうど朝7時になり、お店の出入口の自動ドアが開いて、チラシを持ったお客さん達が入っていく。
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