新井さんがいないビクトリーズ 3
「1番、センター、柴崎」
1打同点。思ってもみなかったチャンスの到来に柴ちゃんが意気揚々。
ここぞとばかりに、ピッチャーにプレッシャーをかけてやろうという魂胆がもう見え見え。
激しく地面にスパイクを突き立てるようにして足場をならし、いつもより数段大きい動きで高くバットを構える。
そんなドラ9ルーキーのイキりにびびったわけではないだろうが、エラーの動揺があるのか、思わぬピンチに上手くコントロールが定まらずに、フルカウントからフォアボール。
柴ちゃんが腕と足の防具を外し、静かにバットも置いて1塁へ走る。
満塁になった。
「2番、レフト、杉井」
そしてさらに重要な場面になったところで杉井が打席に入る。
「さあ、バッターボックスには、昨日負傷した足の状態が思わしくない新井に代わりましてスタメン起用の杉井が入りました。第1打席目は初球を打ってピッチャーゴロでした」
「まあ、2つミスがあって、フォアボールがあっての満塁ですのでね。……こういう場面は狙い球を絞り、思いきって初球を打ちにいけるかどうかですねえ」
「なるほど。1アウト満塁です。ピッチャー、セットポジションから第1球を投げました!!」
バシィ!!
「ストライーク!!」
真ん中。
ベルトより少し下のど真ん中。球速も140キロに満たないストレート。
打ち頃のボールを見逃した。もう打てば外野に楽勝で飛ばせそうなボール。捕球したキャッチャーが冷や汗ダラダラになっていそうなくらいの失投に杉井君のバットは出て来なかった。
「おーい!?」
「打てよー!」
「なに狙ってんだ!」
ベンチに座るチームメイト達が杉井が見逃した瞬間、身をのげぞるようにして不満を露にする。
フォアボールの後の初球は狙い目とよく言うが、まさにそれを証明するかのようなそのくらい甘いボールだった。
確かに見逃してはいけないボールだが、杉井の気持ちも分かる。
前の打席で初球に手を出して、あっさりピーゴロに終わったことが尾を引いているのだ。
また初球を打ってあっさり凡退するわけにはいかない。
そしてなんとか結果を残さなければ。ヒットを打てなくても、次に繋ぐ役割をしなくちゃと、変に慎重に、杉井変に固くなってしまったのかもしれない。
体も心も。
ただでさえ、最近は打席数が少なく、勘が鈍っているところもあるし、相手がくれたチャンスが杉井にとっては逆にプレッシャーになってしまっているのだ。
いくら振り込んだり、フリーバッティングでいい感触を得ていたとしても、試合の1打席。しかもこんな切羽詰まった局面はやはり別物だ。
相手ベンチのおじさん達も、この初球ど真ん中のストレートを投じたことに肝を冷やしたことだろう。
キャッチャーが構えていたのはアウトコース低めいっぱいのところ。ストライクかボールかギリギリの際どいところ。
キャッチャーはもちろんながら、ボールを投げた瞬間のピッチャーもやばいと、思ったことだろう。
しかし、見逃してくれたことで、まずは欲しかった1ストライク。満塁のピンチではまずはストライクを1つ取れたのは、ピヨピヨ仕掛けていたピッチャーには何よりの薬。
少し気が楽になったように見えるピッチャーが投げた2球目。
今度はキャッチャーの構えたところにピッタシ投球。杉井は見送ることしか出来ないくらいのいいコース。
球審のストライクポーズが炸裂し、2ストライク。
1アウト満塁だが、2球投げて追い込まれたのはバッターの方だった。
そして3球目。
サイン交換を終えたキャッチャーが中腰になろうとしたり、落ちるボールを投げさせるような、ミットを地面につけるような動作をしたり。
バッターをさらに困惑させようとフェイントの動きを入れている。
最後は右打者のアウトコース低めのボールゾーンにミットを構え、その低さにきたボールを杉井は必死に当てにいった。
ガキィ!
「杉井打った! ワンバウンド!ピッチャーが捕った! バックホーム! キャッチャーが掴んで2アウト! さらに1塁へ送球だ!
………アウト!! ダブルプレー!! 1アウト満塁のチャンスでしたが、杉井の打球はまたしてもピッチャーゴロ!最悪のホームゲッツー!ビクトリーズ、得点なりません!!」
うわあ………。最悪。最悪のダブルプレーだ。
相手からもらった絶好のチャンス。
三球三振よりも最悪な展開に、ビクトリーズの反撃ムードは一気にしぼんだ。
「いやー、今日久しぶりのスタメン。期待の杉井でしたが、ここはピッチャーゴロ併殺打です」
「外角のスライダー、ボール球だと思うんですがねえ。本人はファウルにするつもりだったのかもしれませんがねえ。初球を見逃したところから少し冷静さを欠いていましたかねえ」
「すみません!!」
チャンスを潰してしまった杉井がそう謝りながら、ベンチへと戻ってきた。
俺はそんな彼のおケツを強く叩く。
「大丈夫、大丈夫!切り替え、切り替え!! 次取り返せばいいんだよ!」
「そうっすよ、そうっすよ! きりかえましょう!」
俺に続いて浜出君も杉井の背中を叩いてグラウンドに送り出す。
しかし彼は2打席連続での不甲斐ない打撃に、ガックリとした様子のまま、レフトの守備位置へと向かっていった。
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