新井さんがいないビクトリーズ 4

試合は0ー2。ビクトリーズ2点ビハインドのまま、試合は6回裏へ。


「ストライク、バッターアウト!」


先頭の柴ちゃんが空振り三振に倒れ、打席には2番の杉井。


ここまで2打席ヒットなし。しかも内容の悪い2打席凡退に余計縮こまってしまうのではないかと心配したが、今回の彼はさらに一段階みなぎるものがあるようだった。


ファーストストライクを積極的にスイング。ボール球になる変化球をしっかりと選んで、きわどいコースをファウルにして粘る。


そして2ボール2ストライクからの7球目。


ピッチャーの投じたボールが杉井の体近くへ。


しかし、杉井はそのボールを避けなかった。背中を見せるように体を回しただけ。


投球は彼の肘に辺り、真下に落ちる。


それを見た球審が自分の左腕をポンポンと叩いて、1塁を指差した。



デッドボールだ。


杉井が少し痛がりながら、1塁へ歩き出す。


俺が痛がっている時は全然動こうとしなかったメディカルトレーナーが一目散にベンチを飛び出していく。


そして、杉井の横で一緒に歩きながら、コールドスプレーを彼の左肘に噴射する。



結構肘先のデッドボールって危ないことがあるけど、特に異常はないようでメディカルトレーナーがすぐにベンチに戻ってきた。





「3番、サード、阿久津」


1アウトランナー1塁。



右打席にはキャプテンの阿久津さん。


3球目のストレートを捉えて右中間に大きい当たりを放つも、これまたセンターにギリギリ追い付かれて上手くキャッチされてしまい2アウト。


左打席に4番の赤ちゃんが入る。


もう6回だ。早いところ、まずは1点を返していきたい。


そんな思惑が当然首脳陣にもあり、1塁ランナーの杉井に盗塁のサインが出た。



赤ちゃんが打席に立ち、1ストライクからの2球目。


杉井が2塁へスタートを切る。悪くないスタート。彼の足ならセーフになるだろうと思ったが、この盗塁を相手バッテリーが読んでいた。


外角高めにウエストして、キャッチャーが2塁へ矢のような送球。


杉井も懸命なスライディング。送球を受けたショートが素早くタッチ。


ベース際で勢い余って足が少し詰まるような形になりながら、きわどいタイミングまで持ってきたが………。



「アウト!!」



2塁上でのプレーを見た2塁審判がダイナミックに右腕を振り、アウトを宣告した。



盗塁失敗だ。



そして…………。



「おっと、2塁への盗塁を試みた杉井でしたが、少し足を気にしていますが大丈夫でしょうか」


スライディングをして立ち上がろうとした杉井が痛みに顔を歪めながらその場で膝に両手をついていた。


慌ててまたメディカルトレーナーが飛び出していく。







杉井がゆっくり歩きながらも、なんとか自分の足でベンチまで戻ってきた。


しかしそのまま顔をちょっと歪ませながらベンチ裏へと消えていく。



チームメイト達も近くの人間は声を掛けながらみんな心配そうに彼の姿を見つめていた。



昨日の試合でも、俺が2塁ベース上で足を痛くしてコーチにおんぶしてもらいながら退場したシーンがあったから、まだ外野手がケガしたかもと、余計にベンチの中がざわついている。


少しすると、杉井と一緒にベンチ裏に行っていたメディカルトレーナーが現れ、ヘッドコーチとなにかを話す。


そしてヘッドコーチと萩山監督が何かを確認して……。



「川田! キャッチボールしておけ! 次の回からレフトに入れ!!」


「はい!」



ヘッドコーチにご指名された川田ちゃんが急いで準備をする。



裏のブルペンでキャッチボールしよっかーと、言おうと思ったら、赤ちゃんがセカンドフライに倒れてあっさり3アウトチェンジ。


アップする時間もなくなってしまった。


「川田ちゃん、久しぶりのレフトだと思うけどしっかりな」


俺は彼のおケツをポンと叩く。


「はい!」


川田ちゃんは柴ちゃんとなにか話しながら、肩慣らし用のボールを握って、だいぶ嬉しそうにグラウンドへ駆け出して行った。





「横浜8回表、2アウトですが満塁で、バッターはトップに返って桑ノ原です。1ボール1ストライクからの3球目。……ピッチャー西山、投げました!



打ち返した!! 大きな当たりだ! センター後方! センター柴崎がバックしてバックして、ジャンプ!!捕れません! フェンスダイレクト! ライトの桃白がバックアップ」


バッターが真芯で打ったボールは低い弾道ながら、グイーンとセンター方向に真っ直ぐ飛んでいき、センター柴ちゃんのジャンプしたグラブの先を越えてフェンス中央に直撃。


勢いよく跳ね返ったボールを桃ちゃんがカバーする間に、1人2人とランナーが余裕でホームイン。


桃ちゃんが急いで鋭いボールを内野に返すが、1塁ランナーも本塁に滑り込んで走者一掃。打った桑ノ原が3塁ベースに到達しながら、両手でガッツポーズした。


さらに次のバッター。


低めの変化球をレフトへ。やや前目の平凡なフライだったが、レフト川田ちゃんが一旦バックしかけてそこから前進。


一生懸命ダッシュしながらグラブを出すが、手前で打球はワンバウンドして、なんとか体に当てて後ろには逸らさずも、記録はヒット。


この回4点目で、0ー6と決定的なリードをベイエトワールズに奪われてしまった。







「新井、いけっ!!」



最終回。6点ビハインド。誰も口にはしないが、もう勝利という点については非常に厳しい状況。


それでもなんとか1点、2点返して一矢報いる攻撃を。意地を見せなければならない。


俺は萩山監督の命令によって、まるで犬のようにグラウンドに突然放り出された。


「北関東ビクトリーズ、選手の交代をお知らせします。バッター、金谷に代わりまして、新井。バッターは新井。背番号64!!」


代打のアナウンスをされると、1塁側スタンドから大きな歓声。


今日は試合に出ないと思っていた驚きと、最後に代打で出てきたというファンの期待がグラウンドの上で入り混じっている。


ネクストから打席に向かう間、俺はまるで銃で足を撃たれた兵士のように、右足を引きずりながら打席に向かう。


「新井君、早くしなさい!」


球審様がハリーアップと俺を犬のように急かした。



なんだよ、ウケると思ったのに。うちのホームなんだからちょっとくらいいいじゃない。


俺はそんな風にちょっとふて腐れながら、右打席に入る。



「よろしくっすー!」


俺はいつものように挨拶をして、ニコニコしながらバットを構える。


「…………」


すると、相手キャッチャーがじっと様子を伺うように俺を見つめている。


照れちゃうわね。

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