怪我には気をつけて新井さん
痛い。ジャンプした着地の時に、軽く足首をぐねってしまった。
なんかスパイクの後ろがフェンスに引っ掛かって変な体重のかかり方をしてしまった。
左足でケンケンするようにしてその場を徘徊する。
「新井さん、大丈夫っすか?」
柴ちゃんが側に寄って心配そうな顔で俺を見る。
「なんとか生きてるよ」
「足ひねったんすか?」
「そうね。あとちょっと時間が経てば、痛みが引きそうだからベンチにまるってしといて」
「うっす」
スパイクは昔から、足首をガードするようにくるぶしまで覆うハイカットのものを使っているのだが、そこに指を入れ込んでくるぶしの下辺りをぐっぐっと押してみるが、捻挫とかではなさそうだ。
少しでも多くの人に心配してもらえるように、帰ったらみのりんにスリスリしてもらえるように、ちょっと大袈裟に痛がる俺だった。
「今、側にいたセンターの柴崎がベンチに大丈夫だとサインを出しました。フェンス際で足を挫いたんですかね」
「ええ。私も現役時代にファウルボールを追い掛けて、フェンス際で怪我したことがありますよ。フェンスの近くは目測が難しくなりますしね。
……今はアドレナリンが出ていますから痛みを感じなくても、試合が終わったり、1日経ったりした後に痛みが出てくることもありますんでね。
まあ、今の新井くんはね、多少痛くても自分から痛いとは言わないでしょう。せっかくいい形でバッティング出来ていますんで」
「試合が再開されます。1アウト2塁となりまして、左打席には5番のグッドールが入ります。……現在のホームラン数が32本。4番の筒薫に1本差をつけてホームランダービートップに立っています」
「ピッチャーが左の碧山ですから、内側を速いボールで突きながら、緩いカーブでタイミングをずらしたいところですねえ」
「マウンド上碧山。グッドールに対して第1球を投げました! 打った、逆方向! レフトへ大きな当たり!………打球は伸びる! レフト新井がフェンス際、ジャーンプ!
捕れません!! タイムリーになります! 2塁から筒薫が3塁を蹴って、ホームに返ってきます!打ったグッドールは2塁ストップ!タイムリーツーベースになります! ベイエトワールズ、1点を先制しました! グッドールのレフトオーバーツーベース!」
「真ん中ですねえ。もう少しインコースにキャッチャーは構えていましたからねえ」
「グッドール独特の打ち方ですよね。こうバットを振り上げるようにして左手で押し込んで飛ばしたような打球でした」
「ええ。あれがもう少し体に近いところなら、詰まらせることが出来るんですが。ホームランにならないだけよかったようなボールですよ」
「2番、レフト、新井」
「1点を追うビクトリーズは6回裏の攻撃、2番新井から始まる好打順です」
「ビクトリーズはまだヒット1本だけですか」
「ええ。3回に8番守谷が放った1本だけですね。対するベイエトワールズは6本のヒットを放っていますが、タイムリーはグッドールのツーベースだけ。
その後は要所要所を碧山がなんとか凌ぐ形。0ー1ビクトリーズが1点リードを許している形で新井が打席に入ります。今日は2打数ノーヒット。ショートゴロとセカンドゴロです」
「まあ、2打席アウトにはなっていますが、感じは悪くないですよねえ。少しずつ、ピッチャーに合わせている形ですから、この3打席目は期待したいですねえ」
俺はバットを構えてピッチャーに対峙しながら、これまでの2打席を振り返る。
1打席目は低めの変化球を引っ掛けてショートゴロ。
2打席目はインコース寄りのストレートに若干詰まらされてのセカンドゴロ。
相手バッテリーとしては1打席目よりも2打席目のインコースで打ち取った印象があるはず。
それならばそのボール中心で攻めてくるはずだ。
インコースにある程度ヤマを張る。
いつものようにオープンスタンスで構えながら、踏み出す足は少し3塁方向だ。
ピッチャーがビシュッとボールを投げる。
ヤマを張ったそのインコースにボールがきた。
よっしゃ! もらった! そう思いながらバットを振り出しが、ふっと抜かれたようになって、ボールが手元までこない。
球種はチェンジアップだった。
しかしもうバットは止まらない。止めようにも止められない。それでいて本能的にそのチェンジアップにバットを合わせようとしてしまう。
思ったよりも緩いチェンジアップになんとか合わせるようにして腰砕けになったスイングにボールが当たった。
いや、当たってしまい、フェアグラウンドにボールが転がってしまった。
打球はショートの左へ飛んだ。
あとは走るしかない。もう1塁ベースしか見えない。
「打ちました! タイミングをずらされました三遊間深いところだ! ショート打球を掴んで踏ん張って1塁へ………ちょっと握り直した!……少し高い送球、1塁きわどい!……セーフ!! 新井が僅かに速く駆け抜けました! 内野安打! ビクトリーズ、ノーアウトのランナーが出ました」
打った瞬間、前につんのめるような体勢になっていたのが幸いした。
1塁へ駆け出す1歩目が速く、加速もなかなか。ヘッドスライディングするまでもなく、1塁ベースのアンツーカーに差しかかった時には8割方セーフになると確信した。
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