フェンス際の新井さん

ビクトリーズ、新井。打率4割到達も、規定打席に届かない。


史上初の打率4割へ邁進する北関東ビクトリーズの背番号64新井時人だが、夢の記録達成へ思わぬ難敵が立ちはだかった。


それは、打席数である。


現体制のプロ野球の1軍試合数は144。


これに3、1をかけた446という数字が規定打席として定められている。


現在新井の打席数は、315。


規定打席到達には、あと131打席必要なのだが、残り試合数は24。


1試合当たり、約5、4打席が必要となる。


12試合を5打席、残り半分の12試合で6打席こなしてギリギリ届く数字。(北関東ビクトリーズの今シーズンの2番打者の1試合平均打席は、4.3)


どんなに優れたバッティングのいいチームだったとしても、現実的に無理な数字になってしまっている。


仮にみなし4割を視野に入れての達成を目論んでも、およそ20足りなくなる打席分の打率を積み重ねようとしたら、4割2分5厘辺りまで打率をあげなくてはいけない。


こちらの方が難易度は遥かに高い。






ドラフト10位と、昨年のドラフトでは支配下選手としては12球団でみても最下位入団。


27歳での遅いプロ入りで、さらに球団から6ヶ月間の体づくりプログラムを厳命され、2月の春期キャンプから、2軍チームからも別帯同で肉体改造に取り組んできた。


外野手不足の厳しいチーム事情から予定よりも1ヶ月ほど早く個別トレーニングを切り上げて、5月上旬に1軍に昇格する新井。それでもなかなか試合での出場機会は巡ってこなかった。


もっと早くに新井を起用すべきだったと、ビクトリーズの萩山監督の批判も目立ち始めている。


新井のデビュー打席は送りバントだったが、実にそこから8試合の間、代打での4打席しか出場機会がなかった。


さらに、5月に初ヒットを記録した翌日、前半戦最後の試合で負傷と、この2度のファーム行きも、規定打席未到達の要因となってしまった。


そんな状況に対し、試合前の取材で新井は……「そういう形になっているのは把握していた。しかし、実績のなかった自分を起用してくれた首脳陣には感謝しかないです」……と、あくまでも謙虚な姿勢。


さらに新井は……「大切なことは4割を打つことではなく、ファンの前でベストを尽くして少しでもいいプレーを見せること」……と話し試合前練習に向かっていった。



確かに今シーズンは正式記録での夢の実現はならないかもしれない。


しかし、シーズンが終わった時、28歳の苦労人ルーキーが一体どんな成績を残すのか、同い年の私は最後まで見届けたい。



週間東日本リーグビクトリーズ担当 大本めぐみ。










「2番、レフト、新井」


よーし、1打席目。気合いを入れていくぞ!


俺は打席の横で深く屈伸運動をしながら、キャッチャーと球審に挨拶をしつつ、足場をならして打席から見える景色、その感覚をしっかりと感じながらバットを構える。



「1番柴崎はショートゴロに倒れまして、打席には2番の新井が入ります。この選手の打率がまだ4割を越えているんですよねー。


一時期は少し調子を落としたんですが、ここ5試合で11安打とまた少し数字を上げまして、現在の打率が4割5厘という新井です、大谷さん」


「まあ、私も彼がデビューしたばかりの頃は、そのうちによくて3割付近に落ち着いてくると思っていましたけどねえ。300打席越えてもまだ4割あって、また最近4割1分をいったりきたりしてますのでねえ。……いやー、驚きましたねえ」



「その新井が2球目、変化球打っていきました! これはショート正面のゴロ。……横浜のショート本倉が捌きまして1塁送球。……おっと! きわどいタイミングになりましたが、1塁アウト。2アウトです」



ちきしょう。低めの変化球を引っ掛けてしまった。



右方向、右方向と意識していたのに、真ん中に甘く入ってきたから、ちょっと引っ張りにかかってしまった。



もったいない。








今日は5位横浜ベイエトワールズをホームに迎えての2連戦。


うちがもう事実上の最下位確定なら、相手の横浜さんもAクラス入りがほぼ不可能になり、4位東北とのゲーム差も7、5。


残り20数試合でこのゲーム差は5位が確定したも同然で、クライマックスシリーズが導入されているのに、ていたらくな両チームの対戦は9月2日の試合にして早くも消化試合のムードが漂ってしまっていた。


後の楽しみといえば、うちはさておき、横浜の4番5番の2人が1本差2本差圏内でホームラン王争いをしているくらい。


4番筒薫、5番グッドール。



この2人が打席に入ると、ベイエトワールズファンは盛り上がり、打席で2人はブンブンバットを振り回す。



その打球が俺のところに飛んで来てしまうのはやめてほしいわね。




「筒薫打ちました! レフトへ、レフトへ上がった! 新井がバックする! バックしてフェンスいっぱいのところジャーンプ!! ………捕れません! フェンスダイレクト!


………センターの柴崎がカバーに入ります。……打った筒薫は2塁ストップ! スタンディングツーベース! 1アウト2塁になりましたが………レフトの新井が痛そうにしています。大丈夫でしょうか」

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