もはや俺にバントのサインなんて出ないのだ。

とかなんやかんやありましたが、結局のところは、俺と同じくらいの食いしん坊である宮森ちゃんを上手くチーズフォンデュ祭りに誘い込んで、命だけはなんとか取り留めた俺は、北海道フライヤーズとの2戦目に挑む。


今日こそ、何が何でも勝利して外出権を手に入れたいビクトリーズ。


この日は序盤から点の取り合いになった。


2点ビハインドのビクトリーズは、4回に6番桃ちゃん、7番鶴石さんの連続タイムリーで同点に追い付くと、ワイルドピッチからチャンスを広げ、8番守谷ちゃんの意表を突いたスクイズが決まり、1点勝ち越し。


フライヤーズも得意の足を絡めたそつのない攻撃で効率よく2点を奪い、6回に逆転。


しかし、ビクトリーズは2アウト満塁から、8番守谷ちゃんの右中間フェンス直撃のタイムリースリーベースヒットで一気に再逆転。


2点リードで8回ウラ、セットアッパーのロンパオがホームランを打たれて1点差に迫られると、9回には守護神キッシーが2アウトから連打を許してまさかの同点に……。



そして延長10回ウラ。2アウトランナー2塁で前進守備で広く空いた左中間を真っ二つにされてさようなら。


5連敗となった。





結局負けるんかいってね。







「2番、レフト、新井」


2点を追う我ら北関東ビクトリーズ。今日は3連戦の最後。日曜日の試合である。


上位チームとの6連戦とはいえ、どストレートの6連敗だけは絶対に喫してはならない。


遠征疲れでどうにもならないとか。相手ピッチャーの出来がいいからすみませんとかそんなことではいけない。


最下位チームならば、最下位チームなりのなんとか粘って食らいつく試合展開にしていかなければならない。



チームがそんな状況の中、今日も2万人近い観衆がスタジアムに来てくれているのだから、例え倒れたとしても相手の足首に噛みついていくように。ゾンビのような執念を見せていかなくては。


キャプテンの阿久津さんが中心となって、練習前から選手だけでミーティングをして、この日の試合に臨んだ。


序盤に先制するも、中盤に追いつかれ、息をつく間もなく逆転。しかし、野手陣の好プレーが連発してそれ以上の失点を許すことなく、我慢の続く試合展開に。


そして8回表。9番代打の川田ちゃんがヒット。さらに柴ちゃんがデッドボールをもらって1、2塁のチャンスに俺が打席に入る場面である。


パッパッパッ。


ベンチからのサインを3塁コーチャーおじさんが伝達する。



バントのサインはない。



自由に打ってよいとのご命令だ。








「さあ、8回表。ランナーを2人置いて、新井が右バッターボックスに入ります。どうでしょう、ランナー1、2塁です。2番の新井にバントはあるでしょうか」


「んー、どうでしょうねえ。2点差ありますんでね。ビクトリーズとしては一気に逆転まで持っていきたいと思うんですよ。この3連戦の流れを汲めば余計にね。


それに後ろのバッターの当たりがちょっと止まっているんでね。新井は打率がありますから、打たせたい場面であるんですけれども」



「ええ。1週間前の試合でしたかね。東京スカイスターズとの試合で3安打、4安打と固め打ちしまして、前半戦の最後以来、再びその打率を4割に乗せている新井です。現在4割飛んで8厘」


「まあ、しかしバントのサインを出せばしっかり決めてくれるのもまたこの選手なんでね。悩むところではあるんですが……」



「高い打率もさることながら、送りバントも失敗なしで14個決めている新井。守谷に次いで2番目のバント成功数を誇っている新井ですが………。ピッチャー投げました! 打った! ……しかし、これは1塁側スタンドへのファウルボールです。ヒッティングでしたね!」



「打たせるんですねえ。まあ、こうなると怖いのが内野ゴロでのダブルプレーですねえ」






高めのストレートを打ちにいったが、若干振り遅れて、1塁側スタンドへのファウルボール。


グイーンと飛んでいったボールを白シャツ姿のおじさんが素手で直接キャッチして、周りのお客さん達から拍手をもらっていた。


ずれたヘルメットを直し、バッティンググローブのマジックテープをつけ直す。


よーし、打てないボールじゃないぞ。ストレートのスピードは140キロそこそこ。


あとは緩いカーブにカットボール気味のスライダーがあるくらい。


これは無理だ。打てん。


というようなエグいボールを投げてくるわけじゃない。柴ちゃんにデッドボールを与えて、少しコントロールも乱している。


インコースには投げづらい状況だろう。


必ず外よりに甘い球がくるはずだ。


それをライト前に弾き返すイメージを持つんだ。




俺はふうっと息を吐いて、集中を高める。セットポジションに入るピッチャーにピッタリとピントが合い、そこからボールが浮き出てくる。


アウトコース低めのストレート!


ライト前、頂きました!!





「新井が2球目打ちました! いい当たりもセカンド正面のゴロだ!ショートバウンドを上手く捌いて、4ー6………3と渡ってダブルプレー!!あー……これは………チャンスに期待の新井でしたがセカンドゴロゲッツー。2アウト3塁に変わります」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る