しぶとい打球と新井さん

なんとか2点差で凌ぎたい。そんな場面だったが、ストレート中心の配球で追い込むも、続くバッターの打球も、ポーンと高く跳ね上がるようないやらしい打球。


しかし、その打球も守谷ちゃんが2、3歩下がりながら頭上で上手く捌き、素早く握り変えて1塁へと送球。



さらに1点を与えるも、アウトカウントをまた1つ増やすことには成功し、さらに次打者。


詰まったハーフライナーを今度はジャンピングキャッチ。


正面ながらも、捉えたように見えたどん詰まり打球に、タイミングを合わせるのは容易ではなかったと思うが、2塁手らしい機敏な動きと、球際の強さを見せ、同点は辛くも防ぎ、スカイスターズファンにため息吐かせた。



逆にビクトリーズファンからはよくやったと、歓声と拍手がこだまする。


「守谷さん、ナイスプレーっす!」


「ウィ!」


セカンドのポジションを争う浜出君がベンチの1番前に立って、戻ってくるナインを出迎える。


守谷ちゃんが活躍すればするほど、浜出君の出番は少なくなるわけだが。


高卒7年目。2度の戦力外。ビクトリーズが3球団目。今年までなかなか1軍に定着出来ずにもがきながらも、その血の滲むような練習の積み重ねの賜物。


そんな彼の努力が凝縮したような3つの堅実な守りに、高卒1年目の浜出くんが学ぶことは多いだろう。





「打席には8番の守谷ですが、打ちました! あっと、しかしこれは高く打ち上げてしまいました。ファーストの後方です」


守備でいいプレーがあった守谷ちゃんからの攻撃。


2球目の甘い球をフルスイングしたが、力んだのかポカーンと打ち上げた内野フライ。



しかしこの打球を日光山から吹く強い風がイタズラする。


「ファーストが下がりますが、セカンドに任せるか………いや、ライトが前進してきて………その間に落ちました!! 打球が転がっていく!! ライト線を転々!


守谷はそれを見て2塁から3塁へ行く! 滑り込んでセーフ!! 記録はヒット!! 完全に打ち取られた打球でしたが、スカイスターズにまた、まずい守備が出てしまいました!」



「今、バックスクリーンのフラッグをみていたんですけどねえ。ちょうどスタジアムの右から左へ強い風が吹きましたねえ」



「ああ、なるほど。いわゆる日光風ですね。この宇都宮の北部にありますこの地域では、時折日光山から風が強く吹きつけることがありますからね。さあ、その風を生かしてと言いますか、味方につけまして、ノーアウトランナー3塁。点を取られた直後。また突き放したいところですが……9番連城は空振り三振です」



「1ばん、せんたー、しばさき」





バッターボックスには1番の柴ちゃん。ランナー3塁ということで、打ち気が出すぎて強引なバッティングになってしまうんじゃないかと危惧していたが、これまた粘る。


際どいコースをカットしながら、低めに外れる変化球をきっちり見逃してフルカウント。


最後は高めのストレートに出かかったバットをなんとか止めて、よんたまで1塁に歩く。


そして、俺への1球目ですかさず盗塁。


1アウト2、3塁とした。



そうやって強引なバッティングをしたのは俺の方。


相手の考えは恐らく、きわどいコース勝負で、俺を歩かしても、満塁で阿久津さんを迎えたところで内野ゴロゲッツーを狙う。


そんな二段構えの考え方だったのだろう。1ボールからの2球目は、アウトコースのストライクからボールになるスライダー。


間違いなくボール球だが、狙って思い切り踏み込めば、バットの先で打ち返すことができる。


普通なら内野ゴロになるだろうが、前進守備ならば、捉えた当たりでなくても、間を抜ける可能性が十分にある。


そんな算段が俺にはあった。


カンッ!


打球は前進守備のセカンド左へ。



マウンドの傾斜にボールが弾み、その打球に相手は飛び付くが、グラブの先でわずかに触るのが精一杯だった。


勢いをなくした打球がコロコロとセンター前に抜けていく。




やったぜ。






敵チームさんを嘲笑うかのように、コロコロと打球は力なくセンターに転がる。


センターが前進してきて、その打球を拾い上げる頃には、2塁から柴ちゃんも悠々ホームインして、俺に向かって握った拳を突き上げた。



「新井の打球は決していい当たりではありませんでしたが、前進守備の間を抜けて、しぶとくセンター前に抜けていきました。このヒットで2人が返って6ー3! 点差が3点に広がります!」


「まあ、打ったのは外のスライダーだと思うんですが、バッテリーとしては様子見したかったボールでしたねえ。新井くんは、バッターボックスの内側ラインをまたぐくらいまで踏み込んでいましたから、アウトコースのボールを狙っていたんでしょうね。


バッテリーは外にいくなら、もうボール1個分外に投げなければいけませんでしたねえ」




俺の2点タイムリーで点差を広げ、打順は中軸に回るところ。


相手のベンチからピッチングコーチが出てくると、その後ろから監督も現れた。


ピッチャー交代だ。


相手の若手先発ピッチャーは、暑さと自らのふがいないピッチングに汗びっしょり。


ピッチングコーチに背中をポンポンと叩かれると、少し俺の方に目をやりながら、ガックリした様子で、3塁側ベンチに引き上げていった。

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