上カルビ弁当に手を伸ばす新井さん

というわけで、翌日。


ちょうどお昼頃。


宮森ちゃんの運転する車に乗って、宇都宮市内のとあるスタジオにやってきた。


すぐ側の駐車場に車を停めて、スタジオが入っている、レトロな雰囲気漂う少し古びたビルに入る。


アプリ配信会社の指示通り、どっかで着替えるのもめんどくさいので、ピンクストライプのホームゲーム用のユニフォームをそのまま着用してきた。



スタジアム以外の場所をそんな格好で出歩くのはなかなかに恥ずかしいものである。



「新井さん、失礼のないようにお願いしますよ。次もお願いされるかどうかが決まると言っても過言ではないんですから。第1印象は大切ですよ」


「分かってるって」



「じゃあ、いい加減ズボンチャック上げて下さい」



「あら、お恥ずかしい」



宮森ちゃんは俺にそう忠告しながら、スタジオ前のドアでインターフォンを鳴らす。


すると、すぐ中から人が出てきた。


「ようこそいらっしゃいましたー。連戦後の移動日でお疲れのところ感謝致します」



スーツ姿の30歳くらいの男性。シュッとした清潔感漂うやり手なゲームプログラマー。


そんな印象だった。


その男性がスタジオに俺と宮森ちゃんを迎え入れる。


「新井さんいらっしゃいましたー」



その男性がスタジオに響く声でそう言うと……。



「「おはようございまーす!!」」



きれいに揃った元気のいい挨拶が辺りに響き、撮影の準備をしていた大人達がぞろぞろとたくさん出てきた。





「新井さん!はじめまして、よろしくお願いします」



もうこれ以上ないニッコニコ。愛くるしい笑顔。野球選手らしからぬ低い姿勢、柔らかい物腰を披露していく。




「どうも! よろしくお願いします!」



などと受け答えしながら、会う人、会う人に髪切った? ともれなく問いかけていく。



誰もツッコんではくれない。



「新井さん、よろしくお願いします」



「どーもー」



「今日は本当にありがとうございます」



「はーい、よろしくお願いしまーす!」



「よろしくお願いします。僕、ビクトリーズファンなんです」



「ほんとかよ!」




「ギャハハハ!」



「何笑てんねん!」



「自分もビクトリーズファンです」



「やめといた方がいいと思いますよ!胃に穴が空いちゃう!」




「アハハハハ!」




「何笑てんねん!」



「新井さん、本日はよろしくお願いします」



「よろしくお願いしまっす!」



そんな感じで、スタジオにいた15人くらいの大人達がこぞってペコペコ。


俺を出迎えたその人達、1人1人と丁寧に挨拶をしながら、握手を交わす。


中にはファンだと言って、ありがたそうに手を出す人も。



今のところ、どの人がマイプロのゲームを作った人なのか、CMの製作会社の人なのかはよく分からない。


「それでは、もう少し準備に時間がかかりますので、あちらに座って頂いてお待ち下さい」


その中のスタッフの1人が、パーテーションで仕切られたソファーに、俺と宮森ちゃんを案内した。



プチ楽屋のような空間。ズボンは下ろせない。



茶色の厳かなソファーがテーブルを挟むようにして、向かい合って4つ。


俺はすぐに気づく。そしてそのテーブルの上には、いい匂いのするお弁当が用意されていた。





「さー、とりあえず腹ごしらえしよー。どれどれ、何弁当かなー?」


ソファーに座るやいなや、テーブルの隅に4つほど並べられた弁当。


それに伸ばした俺の手を宮森ちゃんがぺちんと叩く。


「ちょっと! 勝手に食べたらまずいんじゃないですか?」


「分からんちんだなあ。そこで座って待ってて下さいって行った先にご丁寧に、お茶とお菓子と一緒に置いてあるんだから、食っていいんだよ」



「それは自分にいいように解釈しているだけじゃないですかー。一応聞いてきますよ」



宮森ちゃんは立ち上がり、パーテーションの向こう側に立っている、案内してくれた女性スタッフに声を掛けている。


生真面目だなあ。


俺は、どうぞ!どうぞ!いいんですか!?みたいな2人のやりとりする会話を聞きながら、弁当の包みを開ける。



うわあ! 美味しそう!!



「新井さーん。ご自由に食べていいんですってー………て、もう開けてるんですか!?」



「腹減っちまってさ、宮森ちゃんも食べなよ。ほら。このお弁当、駅ビルにある焼肉店が出してる1500円もする特製上カルビ弁当だよ」


俺はそう言って、とろーりとしたタレがかけられた柔らかそうなお肉がキラキラと輝く存在感を放つ、その素敵すぎるお弁当をこれでもかと見せつける。



「………う………し、仕方ないですね……」



1500円、上カルビ弁当と聞いた宮森ちゃんが観念したように涎を拭いながらソファーにまた座り、同じく上カルビ弁当に手を伸ばした。



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