アドリブ利かせる新井さん
「うまー!」
「美味しいですねー。お弁当でこんなに美味しいお肉初めてです」
仕方ないですね。とか言ってた割には、俺よりもはるかに美味しそうに、上カルビ弁当をもきゅもきゅしながら食べる宮森ちゃん。
するとまた、別のスタッフが現れて丁寧にお辞儀した。
「お疲れ様ですー」
「あ、どうも」
「今回の広告動画ディレクターの笹尾です。よろしくお願いします」
「よろしくお願いしまーす」
眼鏡を掛けた40代くらいのカーディガン姿の男性。髪型もムースでガチガチに固めている。
俺と宮森ちゃんはお弁当をパクパクしながらペコリとお辞儀をした。
その男性が向かいのソファーに勢いよく腰を下ろすと、そのムース匂いがテーブルを挟んでこちらまで少し匂ってきた。
「あ、食べながらでいいんで打ち合わせに入ってもいいですか?」
「いいですよ、よろしくお願いします」
ディレクターは、ホチキスで止められた数枚の用紙を俺と宮森ちゃん双方に配る。
そこには、今回のマイプロのアップデート内容、撮影の流れなどが記載されていた。
「新井さんは今まで、こういう撮影の経験はあります?」
「いえ、全然」
「なるほど。でも安心して下さい。こちらが用意したスマートフォンでマイプロを遊んで頂くだけで結構なんで」
「遊ぶだけでいいんですか?」
「ええ。でも、ネットでたくさんの人が目にする動画なんで、色々注意事項やコンプライアンスがありまして………」
「簡単にまとめますと、モニターにメッセージが出てきますので、それを会話するようにして、スマートフォンを操作してマイプロを遊んで下さい。あんまりモニターばっかり見ないように注意して頂いて。
時々でいいんで、たまにカメラの方に向いてもらって、楽しそうなコメントして下さい。後はもう自由に遊んで下さい。何かカメラの横で私がカンペ出しますんで、よろしくお願いします。
もちろん何か思いついたりしたら、ちょっとボケてもらったり、ツッコミ入れてもらっても。とにかく楽しみながらマイプロをプレイするように心掛けて下さい」
「分かりました。任しといて下さい」
どこから来るのよ、その自信。自分で自分にそう問いかけた。
「それじゃあ、いきましょうか」
ディレクターが立ち上がって、パーテーションを端にどかしながら、他のスタッフ達に声をかける。
「よーし、始めるぞー。みんなよろしくなー」
「「はーい!!」」
目の前のスタジオ。
白いテカテカした床に、座りやすそうなワークチェア。
その前にミニテーブルと、ビクトリーズカラーのスマートフォン。そして、ストローの入れられたグラスが置いてある。
スタッフが全員自分のポジションについたようで、ディレクターの片腕的な存在の若い男が、大きなスケッチブックを抱えて、俺を呼ぶ。
「ビクトリーズの新井さん入られまーす!!」
高らかに名前を呼ばれ、スタッフ達の拍手を受けながら、俺は雰囲気に押し出されるようにしてカメラの前に出る。
だいぶ照れながら。拍手をするスタッフにペコペコと会釈をしながら、ピンクストライプのビクトリーズユニフォームを着た俺が用意された椅子に座る。
眩しい。天井付近から、真っ白のライトが当てられてなかなか眩しい。
カメラも、大きいやつが真正面、右、左と3台も。
緊張するぜ。
とりあえず何か喋らなきゃと俺は感づいた。
「えー、どうも。北関東ビクトリーズのドラフト10位ルーキーの新井時人です。今回はですね、これです!」
俺はそう言って、振り返り、後ろの壁に貼られている大きなポスターを指差す。
そこには、第1弾アップデート予告!! 北関東ビクトリーズ、新井選手にお試しプレイ動画!! 50万ダウンロード突破記念!
と、書かれている。
俺の後ろを見てもらえると分かるんですけど、スマホプロ野球アプリのマイプロがですね。第1弾の大型アップデート記念ということで、忙しい中僕がやって来ましたよ。ガッツリシーズン中なんですけど。今日は移動日ですけどね、ええ。普通来ないですからね、こんなタイミングは。
まあ、僕は普通の野球選手じゃないんで、来ちゃいました! これで明日の試合打てなかったりしたら、めちゃくちゃ叩かれるんだろうなと、ドキドキしております!
あ、50万ダウンロード突破ですか。……今、目の前にね、まだ会ったばかりで誰が誰だか全然分からないんですけど、アプリの開発陣の方々もいらっしゃるみたいなんで、とりあえずおめでとうございます!」
俺はそう続けて、椅子に座ったまま頭を下げた。
ディレクターがこの流れを見て、何度も頷きながら、俺にぐっと親指を立てている。
そんなのはいいから、早くメッセージとかカンペとかで指示出してほしいですねえ。
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