置いてかれる新井さん

「すごーい、やきうせんしゅいたー。おねえちゃん、やきうせんしゅいたよー」


なんじゃ? このガキは。鬱陶しいなあ。


と、思いながらも、俺はニコニコしながら優しく抱き上げる。


「ボク、よく俺がやきう選手だって分かったね」



「テレビでみたー」



「そうかー、テレビでみたかー」



「あと本にも出てたー!」



「そうかい、そうかい」



「あとねー、しんぶんと………あと、パソコンとー」




いっぺんに言わんかい! と、ぺちーんとやりたくなったが、俺に抱き上げられた男の子は本当に嬉しそうに笑うわけよ。



そしてさらに、それを見上げる女の子がいた。さっき言ってたお姉ちゃんなのだろう。



「しらない人についていっちゃだめだよー」



男の子の姉と思われる女の子。7歳くらいだろうか。


その子は俺のことを知らないようで、変質者を見るような不安げな視線。


ちょっと怖くて逃げ出したいが、弟が捕まってしまっている。


そんな心の内が見えた。



「しらない人じゃないよー。やきう選手だよー」


俺はそう言って、空いた左手で女の子も抱き上げる。



「きゃあ!」





「ビクトリーズのやきう選手だよ。知らないかな?」



「ビクトリーズは知ってる。パパとママが好きなの」



女の子は不安げな表情はそのままながら、そう答えた。



「そのパパとママはどこにいるのかな?」




まずいなあ。こんなご時世だ。このままでは、俺が誘拐犯になってしまうぞと、辺りをキョロキョロしていると……。


すぐ近くに止まっていた白く大きいファミリーカーから、母親と思われる女性が慌てた様子で出てきた。


さらにはトイレからは父親と思われる男性も。


抱っこしていた2人の姉弟がやきうせんしゅー、見てみてーと、はしゃぐ。


「申し訳ございません!」


「ほら、2人とも。お兄ちゃんから降りて謝りなさい」



「いえいえ。お気になさらず。こんな小さい子達が俺を知っているなんて嬉しくて全然」



自分の子どもから目を離すとは何事だ! プンプンとお説教しながらも、俺は両親に子ども達をしぶしぶ返した。


しかし、俺がビクトリーズの新井時人だと分かると、子どもよりもはるかにハイテンションになって、両親は喜んだ。


大ファンなんですよーと、すごい勢いで握手を求められた。


「今日は家族でお出かけですか?」


俺が訊ねると……。


「ええ、夢の国まで」


お父さんはそう答えた。


「へー。家族で夢の国かぁ……羨ましいなあ」


俺もいつかはそんな時がくるのだろうかと、少し想像してしまった。


「2人とも、楽しかったかい?」



「うん!」


「楽しかったー!」


よく見ると、子ども達のほっぺたには片方ずつ、夢の国のキャラクターのペイントがしてあった。







「ビクトリーズは今日、横浜で試合だったんですよね? 延長戦までもつれ込んで……。速報アプリでたまに見ていたんですが、最後は新井さんがすごいバックホームをしたんですよね!」


父親はスマホを操作してプロ野球の速報アプリを開きながら、少し興奮して話す。


アプリの向こう側、夢の国と横浜スタジアム。


それほど遠い場所というわけでもないが、子どもと夢の国に旅立ちながら。


アプリで逐一試合経過を確認するくらい応援しているチームの選手が今、目の前にいるのだから、それは確かにテンションは上がる。




「そうなんですよ。奇跡のバックホームでしたからね。帰ったら是非、ハイライトでもご覧になって下さい。トリプルプレーも食らったんでそれも一緒に」


「あー、そうですね。それも後で見ておきます。え……ところで新井さん、厚かましいかもしれないんですが………ここにサインをいただいても………」



「お安い御用ですよ」



俺はずいぶん用意がいいなあと思いながら、ペンを握って、色紙にサラサラサラーっとサインを施す。


さらに、男の子と女の子。そして両親と一緒に5人で写真撮影。


最後にまた、名残惜しむように握手をして、子ども達に手を振りながら、俺は元気を頂いて、ご機嫌で戻っていったのだが………。














ビクトリーズのバスがいなくなってるー。




これは夢かな?




夢の国ってことかしら?




「もしもし!? ちょっと、新井さん!今何処ですか!? 何をしてるんですか!!」


「うるさいなあ、声大きすぎ」



チームバスにまさかの置いてきぼりを食らってから15分後。


宮森ちゃんから凄い勢いで電話がかかってきた。


電話の向こうで宮森ちゃんの顔が真っ赤になって怒っているのがよく分かる。


新井さん! うわー! 何やってるんですか、うわー! バスに乗っていないなんて!! がおー!!


みたいな。



まるで怪獣と電話してるみたい。



「とりあえず落ち着け、宮森ちゃん。俺なら大丈夫だ。俺も今、宇都宮に向かってるから。どうやって? たまたま出会った優しいビクトリーズファンの家族に拾ってもらったのさ。………はいはい、大丈夫、大丈夫。じゃーねー」



バスがいなくなり、スマホがポケットに入っていただけのジャージ姿の俺は、さすがにしばらくは途方に暮れていたのだが、さっき交流したファンの車が俺に気付いて通りかかってくれたのだ。



ちょうどその家族も住まいのある宇都宮に帰るということなので、同乗させてもらうことになった。


いやあ、ファンサービスはしておくもんだね。



「ねえねえ、お兄ちゃん。やきうしりとりしよー」


「しよう、しよう!」


ファミリーカー後部座席で、子ども達2人は遊んで、遊んで! と、俺になつく。



いいだろう。プロ野球選手に、やきうしりとりを申し込むとはいい度胸じゃないか!



「いいよー、じゃあ俺から、弟くん、お姉ちゃんの順番ね。………それじゃあね………バット!」



「………と………と…………とうるい!」



「とうるい。………い……い……いんこーす!」



「…………す、す、…………スイング」



「ぐー…………ぐらんどすらむ!」



「………む、む………むーびんぐふぁすとぼーる!」



る? る!?



「………ルーキー」



「きていだせき!」



「きりこみたいちょう」



「う………う………ウイニングボール」



「るーずべるとげーむ」



「むあんだむしってんじあい」



い? いー………



「インフィールドフライ」



食らえ、い返し!!



「いーすたんりーぐ」



「ぐりーんらいと」




2人とも野球に詳しスギィ!!




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