置いてかれた新井さん

「バイバーイ! またやきうしりとりしよーねー」


「お兄ちゃん、やきう頑張ってねー」



「おう、またな! チビッ子ども!」



白いファミリーカーが俺の住んでいるアパートから国道の方に引き返して遠ざかっていく。


同じ宇都宮とはいえ、駅を挟んで反対方向。彼らにしてみればかなりの遠回りになるところだが、ビクトリーズの大事な選手を疲れさせるわけにはいかないと、結局マンションまで送ってもらってしまった。



そして2階へ続く外階段を上りながら、スマホを確認すると、俺の荷物を持って、宮森ちゃんがここまで来てくれたみたいなのだが、彼女の姿が見当たらない。


部屋の前で待ってますとメッセージが来ていたのに。その姿はない。



彼女が運転してきた球団の車は、マンションの裏手に止まっていたのだが、中はもぬけの殻。



おかしいなあ。部屋にはもちろんカギがかかっているので中には入れないが。



とりあえず、みのりんにただいましようと、隣の彼女の部屋のチャイムを押した。


するとだ……。



ガチャリ。


「やっぱり新井さんだ。もー、何やってるんですか。バスに乗り遅れるなんて!」



あれ? なんで宮森ちゃんがみのりんの部屋にいるの?


そこは俺とみのりんの愛の巣なんだぞ!





「部屋の前で物音がしたと思ったら、新井くんの荷物を持った宮森さんがいて………話を聞いたら球団の広報さんだっていうから。上がって待っててもらったの」



宮森ちゃんに続いて部屋から現れたみのりんがお帰りと言いながらそう説明してくれた。



宮森ちゃんが続く。


「気を使わせてしまってすみません。まだ新井さんが帰ってきてないようでしたので。聞けば新井さんとお知り合いということでしたので。お言葉に甘えさせて頂きました」



あら、そうだったの。相変わらず、みのりんはいい子ですわねえ。



「よかったら、宮森さんもご飯食べていって」


とりあえず部屋に上がり、ダイニングのテーブルに腰を下ろす。


するとみのりんは麦茶のお代わりを注ぎながら、宮森ちゃんにそう言った。


すると宮森ちゃんは、肩身が狭そうに少し苦笑いしながら………。


「突然お邪魔している形なのに、そこまでお世話になるわけには………」



と言い掛けたところで。



ぐーーーっ…………。



「あっ………」



宮森ちゃんのお腹の虫が大きな声を上げた。



よっしゃあ! メシ、メシィ!


そんな鳴き声だった。


「宮森さんも遠征帰りで疲れているでしょ? わざわざここまで新井くんの荷物を持ってきてくれたんだし。よかったら食べてって。………あと1人、女の子がくるけど……」



「そうですか………。それではご馳走になります。ありがとうございます」


宮森ちゃんが申し訳なさそうに肩をすぼめてかしこまると、みのりんはニコリと笑って、何か煮ている鍋に向かう。



ピンポーン!



チャイムがなった。



「あ、さやちゃん来たかな?」



「山吹さん、俺が開けてくるよ」






「ふひー、疲れましたー。お腹すきましたー。あ、新井さん。ナイスバックホームでした!」


「ありがとう。さやかちゃんもバイト終わったところ?」


「はい。今日は忙しかったんですよー」



ガチャリと開けたドアの向こう側で、ハンカチを顔に当てるポニテちゃん。


テカテカしたサンダルっぽい履き物を脱ぎながら、宮森ちゃんの革靴を見つける。


「あれ? 誰か来てるんですか」


「うん。球団の広報やってる子が。ちょっと今日、俺がやらかしちゃって、スタジアムから荷物を持ってきてもらってたんだ」


「私、居ても大丈夫です?」



「大丈夫、大丈夫。明るくていい子だから。年はさやかちゃんの……1コ上になるのかな?」


「そう………ですか」



そこまで話すと、ポニテちゃんの顔に緊張が走り、声も自然と小さくなる。


知らない人がいると分かったらそうなるよねー。



まあ、ポニテちゃんも来年から社会人なんだし、そのくらいは社交的にやってもらわないとね………。



ポニテちゃんを引き連れて、ダイニングに戻る。



「紹介するよ。こちらがビクトリーズの広報を担当している…………」



と、その瞬間………。



「あれ! 宮森センパイ!?」



「あら! さやかちゃんじゃない! 久しぶりー!」




え!? 知り合い!?



宮森パイセン!?




さやかコウパイ!?




豊かなコウパイ!?





パイ!?







「えー! すごい久しぶりですよねー! えー、信じられないですー!どうしてみのりさんの部屋にいるんですか!?」



「さやかちゃんこそ! 山吹さんと新井さんのお友達だったんだね! びっくりだよ!」



狭いマンションのダイニングで出くわした宮森ちゃんとポニテちゃん。互いの手。指の1本1本を余すことなく絡ませながら、2人はきゃっきゃっ、きゃっきゃっとはしゃいでいる。


ポニテちゃんは、自慢の胸元とポニテをぶるんぶるん振り回して、前に立っていた俺を壁に追いやるようにして、宮森ちゃんの隣の椅子に座る。



俺の定位置なのに………。



俺は渋々、ポニテちゃんの定位置に座った。みのりんの横なので特に問題なし。



「2人はいつからのパイセン、コウパイなの?」


「小学生からなんです! その頃、引っ越した先のご近所に、宮森センパイが住んでらして、登校班がずっと一緒で、よく遊んでましたよね!」



「そうそう。あの頃は、さやかちゃんがすごくやんちゃで、よくケンカしたり、大型犬にちょっかい出して追いかけれたりしてさー!あちこち擦りむいてばかりだったよね!」


「センパイ!止めて下さいよ、そんな話。 そういうセンパイだって、中学生の時、サッカー部のキャプテンで、生徒会長だったイケメンの………」



「ぎゃー!わー! がおー!!」



あ、宮森ちゃんがまた怪獣になった。



「ご飯できたよー」



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