みのりんには内緒ですわね。
「よーし、ここの店にしようか」
「はい」
「うす」
呼んだタクシーに乗り込み、ブイーンと横浜の夜街を走り、適当な場所に止めてもらい、4人で横浜中華街を練り歩く。
奢るとは言ったものの、メシを食うのが半分職業みたいな男4人だし、あまりにも高級そうな店は怖いなとちょっとビビった俺は、ちょうど身の丈にあったちょっと小洒落感じのお店が見えてきたので、そこに後輩達を上手く誘導する。
「すんませーん。4人でーす」
「いらっしゃいませー。奥のお席へどうぞー」
中からハキハキした感じの店員さんが現れ、俺達を1番奥にある大きな回転テーブルの席を案内。
俺達はよっこらしょと適当にテーブルに着いて、メニューを広げる。
「とりあえず、ビール4つと………青椒肉絲と小籠包を人数分。……ええ、5個入りで……。せっかくだから、北京ダックも食べようか。……ほら、みんなも好きなの頼んで」
「すんません、いただきます!」
「この特製餃子と、酢豚も大皿で」
「俺も餃子。新井さん、フカヒレ食べてもいいですか?」
「おお、いいよ。食べよう、食べよう。それも人数分で」
などとやり取りしながら、チラッと出入口に目をやると………。
「あ! 新井さんじゃないですか!!」
入り口からテーブルまでかなりの距離があるが、その子は驚いた顔をして俺の方へと近付いてくる。
清楚系の綺麗な女の人。どっかで会った気がするが。
「もしかしたら、新井さんがいるかもって思ってたんですよ! すごい偶然!」
まるでアナウンサーのような透き通るようなきれいな声が耳に届く。
誰だったかなあ?
「ケガから復帰した新井さんが今2軍の試合に出ていらっしゃって、横浜に遠征していたのは知っていたんですよ。ビクトリーズが試合に勝ったと聞いたので、もしかしたら選手の皆さんで中華街にご飯食べにきてるかもって思ってたんです!」
女性は少し興奮した様子で、香水が何かの香りを俺に感じさせるくらいに近付いてはしゃぐようにして話す。
すると、後輩の1人が俺の服を引っ張る。
「新井さん。水嵩アナですよね? 知り合いなんすか?」
「水嵩穴? お前、綺麗な女性を見ていきなり穴とはなんだ、穴とは!」
「何言ってんすか。アナウンサーじゃないすか、夜のスポーツニュースにも出る………」
そう言われて俺はやっと思い出した。
水嵩アナ。前に柴ちゃんが彼女さんとケンカしてくれたおかげで線路したのおでん屋台で小1時間ほど1杯ヤった仲だった。
横浜との試合の後で、1回インタビューされたこともあったなあ。イチオシ選手として応援させて頂いていいですかなんて言われちゃったりして。
思い出した、思い出した。
と振り返ると……。
「新井さん。私のこと忘れてました?」
「まさか! 君みたいにきれいな人、忘れるわけないよ!」
「本当ですか?」
「本当よ、本当」
「ほんとうかなあ?」
水嵩アナは立ったまま、ジロリと俺を睨み付ける。
興奮するぜ。
「あそこにいるのは、水嵩さんのお友達?」
俺はごまかすように出入口に立ったままの、若い3人の女性を指差す。
「そうです。4人で今からご飯を食べようと……このお店、雑誌に乗っていて気になっていたんですよ」
「じゃあ、一緒に食べようよ。ご馳走するからさ。さ、呼んで、呼んで!」
「え? いいんですか?」
「当たり前よ。俺の打率いくつだと思ってんだよ」
「さっすが、私のイチオシ〜!」
「えー、いいんですか?」
「いいよー。適当に座って、座って」
おいでおいですると、水嵩アナの連れであった3人の女性もテーブルに着く。
「すみませーん!ご馳走なりまーす!」
「お邪魔しまーす!」
「トゥットゥル〜☆」
水嵩(みずかさ)アナのお友達は学生時代の友人らしく、アナウンサーではなく一般の女の子達みたいだ。
俺がご馳走してくれると分かり、女の子達はニコニコしながら順番に挨拶をしにきて、男どもが詰めて空けた席にかたまって座った。
水嵩さんのお友達はみんな礼儀正しく、明るい雰囲気な感じでなかなか可愛らしい。
若い男3人が少し緊張しながらも、テンションがみるみる上がっていく。
4対4のコンパみたいになってしまった。
みのりんに見つかっらどうしよう………。そんな不安が頭から離れない。
「もう料理とお酒きちゃったけど、女の子達もどんどん食べて。遠慮しないで注文しちゃってね」
「「ご馳走になりまーす!!」」
女の子達はきゃっきゃっしながら嬉しそうにメニューを広げて、あれやこれやと注文する。
「本当にありがとうございます、新井さん」
「いいのよ、全然。水嵩さんも何か頼んだら? お酒飲む?」
「はい、いただきます。………それにしても、あんな形で怪我するなんてツイてないですね。映像見ましたが、新井さんの腕から血が出てしまっていて、ゾッとしてしまいました……。もう怪我の具合は大丈夫ですか?」
「俺もスパイクされた瞬間はヤバいと思ったけど、傷は横に広がった形だったから、思ったよりも軽症だったよ。心配してくれてありがとう」
「いえいえ。私のイチオシ選手なんですから………。くれぐれも体には気をつけて下さいね?」
水嵩さんはその友達の女の子達を、いつの間にか隣に座って、俺と同じ目線で見守る辺り、アナウンサーとしての資質と強かさがあるような気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます