ホットケーキを食らう新井さん
「それでは以上の手筈で焼き肉の盛り合わせですねー。ご用意してお届け致しますので、明日11時にご自宅でお待ち下さい」
お肉屋さんでの注文を終えて、次は地下へのエスカレーターに乗って、食料品売り場へと向かう。
玉ねぎやピーマン。とうもろこしやニンニクなど。
バーベキューに必要な野菜や調味料をみのりんがチョイスして、俺が押す買い物カートに入れていく。
「野菜はこのくらいかな? 新井くん。次はお酒選びにいこっか」
「そだねー」
周りから見れば、恋人とはたまた夫婦みたいに見えているんじゃないかと想像すると、なんとなくこそばゆい。
みのりんもいつもの控えめな様子は変わらないが、彼女も、もしかしたら、同じ事を考えているんじゃないかとそうあって欲しいと思いながら、勘ぐってしまう。
「新井くん。ビールとハイボールと……あとは何がいいかな?」
「あとねー。このうめサワーっていうの美味しそうじゃん。あと、チューハイも何本か買っておこうよぶどうとか桃味とか」
普段はやっすい発泡酒なので、ここぞとばかりに目についたお酒をひょいひょいっとカートに入れていく。
「新井くん、そんなに飲んで大丈夫? あんまりお酒強くないのに……」
「大丈夫だって。せっかくサヨナラ決めたのに、ヒーローインタビューもなしで病院に直行してすぐさま2軍落ちなんだから。飲まずにやってられますかいな」
俺はそんな風にして自分に言い聞かせるようにしながら数種類のお酒を選び購入した。
「ふう。ああ、疲れた」
「お疲れ様。お茶入れるから座ってて」
大きなスーパーのレジ袋2つを手にして、買い出しを終えた俺達はふーっと息をつきながら、ようやくみのりんの部屋にたどり着いた。
明日、バーベキューで楽しむお酒や野菜を冷蔵庫にしまって、みのりんは冷たい緑茶のペットボトルと氷の入ったグラスを2つ用意する。
丁寧な所作でグラスいっぱいに緑茶を注ぐと、コースターに乗せて俺に差し出す。
それを手に取り、本能の赴くままにグビグビグビグビと一気飲みした俺は、食道から胃にかけてキンキンに冷えた緑茶が通る心地よさに、思わず大きな息がまた漏れた。
「山吹さん、おかわり下さい」
「はい」
空になったグラスに、みのりんがまた緑茶を丁寧に注ぐ。
それを今度は半分くらい飲んだところで、俺はグラスをテーブルに置いて椅子の背もたれに寄りかかりながら、今度はふーっと小さな息を吐いた。
するとなんだか小腹が減っていたことに気づく。
それをみのりんレーダーに感知されたようだ。
「お腹すいちゃった? ホットケーキ焼いてあげようか?」
「ホットケーキ!? 是非お願いします!!」
「ジャムとハチミツと、冷凍のホイップクリームもあるけど、どれに………」
「全部でお願いしますっ!!」
みのりんも、グラスに注いだ緑茶をぐいっと飲み干す。そしてゆっくりと立ち上がり、食器棚からボウルと泡立て器を。
その棚の引き出しなからは、赤い箱のパッケージに入ったホットケーキの粉を取り出した。
もう1度を洗い、ピンク色のエプロンを身に付けた彼女は、銀色のボウルにホットケーキミックスをそのまま。
豪快にドバッとあけると、そこに冷蔵庫から取り出し、分量を計った牛乳と割った卵を2つ落とす。
そして泡立て器を使って、手慣れた様子でカチャカチャとかき混ぜていき、フライパンを温めながら、時折残った粉を少しずつ足しながら固さを調節し、生地を仕上げていくみのりん。
さすがは洋菓子工場にお勤めになってる眼鏡っ子だ。
無駄な動作がない洗練された動き。
俺に出来るのは、後ろから忍び寄ってエプロンのリボンをほどいてやろうとする気持ちをなんとか押さえることだけ。
向こうは俺を誘惑しているのだろうが、その手には乗らないぞ。俺はそんなたらしではないからね。
生地が出来上がったようで、温めたフライパンに、みのりんは油をひとたらし。
そこにおたまですくったとろーりとした生地を落とし込む。
すると、熱せられたフライパンの上で、ジュワーっと生地が焼けていく音が俺の耳にまで届いた。
「新井くん。冷凍庫からホイップクリームを出しておいて」
「オッケー」
「はい、おまたせ」
「わーお! いい匂い! いただきまーす!」
真っ白なお皿に重ねられたホットケーキ。こんがりとした焼き色が満遍なく行き渡っており、フォークで触れるとよく分かるフワフワ加減。
焼きたてホヤホヤなそれにバターを溶かしながら染み込ませて、そこにハチミツをとろーりとかける。
そして、フォークをぶっ刺して、豪快にガブッとかぶりつく。
ほんのり甘いふわふわの食感に、溶けたバターが噛む度にジュワっと溢れ出す。
美味い。
小さい頃。日曜日のお昼時に、母親が焼いてくれていたことを思い出した。
部活で野球をやり始めてからは、日曜日も練習やら試合やらで忙しくなったせいか、そんなこともなくなってしまったが。
家はどちらかというと裕福な方ではなく、そんなに贅沢をした記憶はあまりないが、母親の作ったホットケーキが小さい頃の、毎週の楽しみだったなあと、俺はふとそんなことを思い出していた。
今、みのりんが作ってくれたホットケーキも、もしかしたらそれに似た味なのかもしれない。
「新井くん、美味しい?」
少しまたぼーっとしてしまったからか、みのりんはどうしたのだろうかと、まじまじと俺の表情を伺っていた。
「美味しいよ。小さい頃に、母親が作ってくれたホットケーキをおもわず思い出したよ」
「うふふ。そうなんだ。じゃあ、時間があったらまた作ってあげるね」
「うん、ありがとう」
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