よく怒られる新井さん2

「こういうなんでもないデッドボールや1つの小さなケガで、野球人生が狂うこともあるんだ。体のことは絶対に軽く考えたりしないこと。君はプロ野球選手なんだ。しっかりとした自覚を持たなければいけない。いいかい?」



「はい」



ベンチの最前列でどーんと怒られてビビった俺は、そのコーチに引っ張られるようにしてベンチ裏に連れていかれた。


監督もコーチ陣も、まるで奥さんに怒鳴られたようにビックリした顔をしていた。


俺はそんな状態になっても、コンディショニングコーチの隙を見て、ささっとケータリングのおにぎりを掴む。


しかしそんな俺の手を、ちゃっかり一部始終を見ていた宮森ちゃんにパチンと叩かれながら、もう試合の様子も分からない、静かなだけの医務室のような場所へと入る。


試合前は、阿久津さんや鶴石さんなどのベテラン選手がよくマッサージなどを受けている場所。


高い背のベッドが部屋の中にいくつも並び、俺もその中の1つに座らされて、真っピンクのユニフォームをアンダーシャツごとぺろんとまくられた。



みのりんにもめくられたことがないのに。



自分でもその時初めて見たのだが、デッドボールを受けた脇腹が大きな桃くらいのサイズになって紫色に内出血していた。


ぐにぐにと指で押すと、思っていたよりものすごく痛い。


プロの150キロのまっすぐを食らうとこうなってしまうのか。



硬球って危ない。俺は改めてそう思った。




「いたい、いたい、いたいってば!!」


「折れてはないね。よかった、よかった」


コーチが急に紫色のデッドボールゾーンをギューンと押し込んで、俺はあまりの痛さに飛び上がって天井に頭をぶつけた。


頭にたんこぶを作り、顔を真っ赤にしてなにするんですかぁ! とぷんすかする俺を見て、コーチは笑う。


「いや、ちゃんと確認はしておかないとね。骨にダメージがあるかどうかを確認することは大切だからね。だが安心したまえ。今回のは大丈夫だ。君はラッキーだよ」


そんなこと確認しなくても、折れてるか折れてないかくらいは、食いしん坊な俺でも分かる。


そう俺はまだ痛いので涙目で反論するが、コーチは話を反らす。



「今、君を交代したのだって、監督とヘッドコーチが君の体を気遣ってのことなんだからね。ああいうふてくされたような態度はよくないよ」


「そうですかねえ。延長に入るから、なるべく守備を固めたいのは分かりますけど。交代を命じられてニコニコもしてられないんでね」



「確かに。そのくらいの気持ちでいないと、活躍は出来ないかもねえ。しかし君は、来月で28歳になるんだろう? もう体も若くないんだ。これから先1年でも長く試合に出たいなら、もっと自分の体を労らないとね」



そうかぁ。俺もう28になるのか。




やっべえ。そういえばもう28歳なのに、まともに女の子と手も繋いだことねえや。


俺が自分に向かってくる硬球の怖さと同じく、自分の年齢を再認識した時、最初に頭をよぎったのはそんな事だった。


奥田さんが一生懸命腕を振って投げたボールを相手バッターが打ち、夜空に高く舞い上がる。


ピッチャーマウンドの少し後ろに打球は上がり、ショートの赤ちゃんが出てきた。



それと同じようにして、セカンドの守谷ちゃんもちゃかちゃかと素早く足を動かしながら出てくる。



普段、出てきて欲しい時に出て来ない、ファーストのシェパードも俺も俺も現象なのか、高い鼻をお空に向けながらここぞとばかりに出てきてしまった。内野陣がみんな出てくる。



打球が4人の真ん中にちょうどよく落ちてくる。



誰が取るの? えっ、結局誰が取るの!?


ねえ!? ねえ!?



みたいな雰囲気になってしまい、結局は最初に出てきたショートの赤ちゃんがとうっ! と、飛び付いてなんとかキャッチした。


ギリギリで打球をキャッチした赤ちゃんを先頭にして、苦笑いでベンチにナインが戻ってくる。


なにしてんねん。



やっぱり俺がグラウンドにいないとこのチームはダメだね。






スタンドのビクトリーズファンどころ、相手チームサイドさんの人々もハラハラするようなそんなプレーがありながらも、なんとか試合は進む。


そんなムードの中、試合は拮抗。


両チームとも、9回までの攻防に持てるパワーをすべて注ぎ込んだ形で互いに譲らずの展開のまま、結局その後は12回まで0が並び、5ー5の引き分け。


引き分けではビクトリーズの連敗が止まったことにはならないが、強い強いスカイスターズ相手に最終回2アウトから3点差をもぎ取った粘りは明日につながるもの。



延長戦にもつれ込みながらも、相手の底力に屈することはなく、まずは負けなかった。



それに、ここのところ、連投連投できていたスカイスターズの中継ぎ陣のほとんどを今日引っ張り出せたのはかなり大きな意味を持つ。


奴らからすれば、最下位相手なら多少は休ませながらという皮算用はしていただろうからね。



それが結果的にはサヨナラ負けを防ぐために、リリーフピッチャーのほとんどを費やした。



その代わりにうちは、セットアッパーのロンパオとクローザーのキッシーを温存することが出来た。


点の取り合い。ピッチャーの消耗戦となればかなりうちが有利にもなる。



明日出てくるのは、まだ1軍で実績のない若手のピッチャーらしいし、今日みたいな粘りをチーム全体で体現出来れば、前半戦最終戦でやっと連敗を止めることが出来る可能性は非常に高くなる。


チームの意識が勝負の明暗を握る試合になるだろう。





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