150キロを食らう新井さん
「新井が新しいバットを持って、感触を確かめるように1回2回と素振りをして再び打席に入ります。カウント1ストライクです。後がありません。ビクトリーズは2アウト」
当たり前だが、やはり球に相当な力がある。
さすがは首位を走るチームの守護神を任せられているピッチャーだ。
並みのピッチャーとは、ボールの強さ。質が違う。
棒球の150キロ。ただ速いだけの150キロなら、高校生でも慣れれば十分に打ち返せる。
それなりの練習と準備をしていれば、決して不可能ではない。
しかし、生きた球の150キロ。プロの一線級に君臨するピッチャーの150キロというのは、全く別物である。
同じ150キロでも、芯で捉えるのが難しい。コースを見極めるのが難しい。
だが、そんな時こそ効果を発揮するのが流し打ちである。
引っ張って強く打ち返せというわけではない。スタンドまで放り込めというわけではない。
右へおっつけて、ファーストの頭さえ越えればいい。
そうすれば、シングルヒットという俺にとって最高の結果になるのだから。
その考えが打席に立つ俺を冷静にさせる。
「ピッチャー、2球目投げました」
多少は楽な気持ちでバットを構えることができるのだ。
ドボォ!!
ぐばぁ!?
150キロのボールが脇腹に。
「これは手元が狂ったでしょうか。デッドボールです。痛がりながら、新井が1塁へ歩きます」
一瞬息が出来なくなるような重たく鈍い痛みだ。
そのままベンチに下がりたくなるくらいのとてつもない痛みだが、なんとか最後のバッターになるのは避けることが出来たとプラス思考に持っていき、ゾンビのようになりながら俺は1塁ベースにたどり着いた。
「ふふっ、大丈夫すか? すみません」
守備固めで出てきた、ファーストを守る若手の選手が帽子を外しながら、にやにやして謝る。
なに笑ってくれてんねん。
俺はお返しにそいつの脇腹をつねり返してやった。
「2番、センター、柴崎」
柴ちゃんが左打席に入る。
3点差、2アウトランナー1塁。ベンチからのサインはない。
もう後がない状況だが、せめてもう1あがきして、明日につながる攻撃をしなければならない。
そんな気持ちがもちろん柴ちゃんにもあり、いつもは簡単に三振する彼が、守護神相手にいつにない粘りを見せる。
「これもファウルボールになりました。外のストレート。151キロです。カウント2ボール2ストライク」
ファウルを打つ度に少しずつ、タイミングが合い始め、本人も振り遅れないようにいつもより指2、3本バットを短く持っている。
そして足の上げ幅も小さく、コンパクトなスイングで低めのボールを打ち返した。
ビクトリーズスタジアムの内野人工芝に柴ちゃんの打球が転がる。
俺はそれを見て2塁へと駆け出したが、打球はショートの守備範囲に飛んだ。
若干三遊間よりの地を這うような低いゴロ。
ダメだ。捕球されて、2塁へ送球されて試合終了。
そんな数秒先の未来が見えてしまったのだが……。
「げえっ!!?」
スカイスターズのショート平柳君の悲痛な声が2塁へ向かって走る俺には聞こえた。
そして白球が彼の股間を抜けていく。
え? 嘘。普通にトンネルしやがった。
俺はもちろんノンストップで2塁を蹴って3塁へ。
比較的いい当たりの打球だった。カバーがサボっていて、左中間の深いところをコロコロしたら、3塁も回ってもしかしたらホームに返れるかもしれない。
そう思う最中に見えたのは、見たことない怖い顔で、体全体を使ってストップのジェスチャーをする3塁コーチのおじさんの顔。
無視したら殺すぞと言わんばかりの凄い怖い顔だった。
まるで俺が指示を無視して暴走したことがあったみたいに、俺を一切信用していない。
それが体全体のジェスチャーに滲み出ていた。
俺は3塁ベースを少しオーバーランして、振り返ってボールの行方を確認した。
外野からの返球がホームに届く。
少し乱れかけたボールをキャッチャーが後ろに逸らさないようにブロックし、柴ちゃんも悠々2塁に到達していた。
「記録はショートのエラー。ショート平柳のエラーです」
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