あんまり怒らないでね、ピッチングコーチ
2ー5。
あまりにも重たい3点差である。
一般的に3点差などワンチャンスでどうにでもなる点差だが、相手チーム磐石のリリーフ陣。15連敗中の疑心暗鬼にも似たチームの精神状態。ただてさえヨワヨワな打線がさらにどん底に沈んでいるチームなのだ。
今日もダメなのか。今日も勝てないのか。そんな考えがどんよりとしたチームの内側から滲み出てくる。
焦る気持ちがベンチ全体を覆い尽くし、選手1人1人が自分自身にプレッシャーをかけ、難しいプレーを余計難しくしていた。
「空振り三振!! 最後はワンバウンドした落ちるボールに手が出てしまいました。満塁のチャンスはつくりましたが、8回裏この回もビクトリーズに得点ありません。2ー5のままゲームは最終回に入ります」
3点差のまま、9回表。東京スカイスターズの攻撃。
マウンドには、若手右腕の小野里。開幕当初は、先発として期待されたが、4先発で3敗と期待に応えられずに中継ぎへ配置転換された。
その最初のマウンド。
幸先よくセンターフライと三振で2アウトをとったが、その後ヒット2本で1、2塁とされ………。
「あっと高め外れました。これも明らかなボール球です。結局フォアボール。2アウト満塁となったところで、吉野ピッチングコーチがマウンドに向かいます」
球界で1番カッカしやすい、キレやすいと評判の、吉野のおっさんがベンチから出てきてマウンドの小野里に歩み寄る。
この連敗中、この光景を何十回と目にしてきたことだろうか。
ちょっとピンチになれば、吉野のおっさんがベンチから現れて、アドバイスをしたり、ピッチャーの為に間を取る。
外野手の俺としては、この時間がどうしようもなく暇で、時折スタンドを見上げては、ポニテちゃんよりおっきいおっぱいちゃんを探す時間と化してしまっている。
その気分転換がいい方向に向かっているのか、その後の打球反応はなかなかのもの。
「インコース引っ張った!! レフトに上がった! 新井が下がって、下がって、下がって………フェンスいっぱいのところ、ジャンプ!! 掴みました!3アウトチェンジ!!これはレフト新井がナイスプレーです!!」
背後のフェンス際に飛んだ打球に上手く反応した。
打球が飛んだ瞬間、目線を打球から切ってダッシュよくフェンスまで下がり、この辺かと予測した地点で上空を見上げて、見つけた打球にタイミングよくジャンプしてキャッチ。
その後、勢いよくフェンスに体をぶつけたが問題なく、キャッチした打球をレフトスタンドへ軽やかに放り投げた。
「新井さん、ナイスキャッチ!守備上手くなりましたね!」
「あたぼうよ。まだまだ進化する28歳だからな!」
柴ちゃんとグラブタッチしながら、ベンチへ戻ろうと目に入る1塁側のスタンド。
そこでは、たくさんのファン達が俺に拍手をしていた。
あるファンは立ち上がり、あるファンは大声を発しながら。
スタンドの上から下まで。子供からおばあちゃんまで。
今のプレーを称えるような温かい声援に迎えられるようにして、俺は柴ちゃんと並んで駆け足でベンチに戻る。
こんなにひどいチーム状況なのに、そんな声援を俺に向けてくれるなんて、どことなく嬉しくて、少し誇らしかった。
とか言ってる間に、あっという間に我がビクトリーズは2アウト。
なんなんだね。ちょっとくらい優越感に浸らせてくれてもいいじゃない。
俺は情けないチームメイト達にぷんすかしながら、可愛いおケツをプリプリ振って俺は打席に向かった。
その情けないチームメイト2人の打席を見るに、初球からガンガン速いボールでストライクを取ってきているので、その150キロを越える速いボールに俺も照準を合わせる。
3点差の最終回。
既に25Sを挙げている相手守護神。
その右腕から、ギュインとストレートを放ってきた。
真ん中高め。
俺はバットを出した。
バキィ。
簡単にバットがへし折られてしまった。
「ファウルボールの行方には十分ご注意下さいませ」
1塁側スタンドの真ん中に、ボールが飛び込んでいく。
なんてこと。
ちょっと振り遅れただけで、1本8000円の支給品バットが折られるなんて。
打席から離れてネクストに向かうと、次打者の柴ちゃんがバットを差し出した。
今折れたのと同じ、支給品バットだ。ピッチャー達が共有で使用しているやつ。
さすがは分かってらっしゃる。
「なんとか塁に出てください。俺もなんとかしますから」
バットを俺に差し出しながら、柴ちゃんはそう言った。
なんとかしたいけどねえ。
ちょっと打てそうにないわ。
ボールがエグすぎますもの。
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