切り込み隊長の新井さん2

そんな我々に立ちはだかるのは、東京スカイスターズのエース格である石浜。よりによって相手チームの1番いいピッチャーの登板日。


右のオーバーハンドで、150キロ越えるストレートは石のように重い球質で、切れ味鋭いスライダーとのコンビネーションで最多勝のタイトルを2回獲得した経験豊富なピッチャーだ。


今シーズンもここまで、防御率2,88で9勝を挙げて、オールスターの第1戦の先発が予想されている。



自宅で、オウムを飼っているらしい。




試合前のミーティングでは、なるべく球数を投げさせろ。速い球を逆方向に狙って繋いでいけというのが、ベンチからの指示だ。


「頼むぞ、新井。粘っこくいけよ、粘っこく」



守備に就こうと、ベンチに座ってグラブをはめる俺の元に打撃コーチが忍び寄ってきて、今日何回目か。また同じアドバイス。



「いつもみたいに、ライト方向に打っていけよ、いつも通りでいいからな。頼むぞ………。お前にかかっているんだからな………はぁはぁ……ちょっと目眩が……」


「まだ試合が始まってないんだから、落ち着いてよコーチ。まずは守りなんだから、大人しく待ってて」


「ああ、分かってるよ」



そろそろチームの打撃の調子が上向かないと、クビが飛びそうで、そわそわとベンチの中をうろうろして落ち着きのないコーチの背中をさすってやるのも、ドラ10ルーキーの仕事でしょうか。




とりあえずは後攻なので守りからです。



「守ります、北関東ビクトリーズ。ファースト、シェパード!!…………セカンド、守谷!!…………サード、阿久津!!…………ショート、赤月!!…………レフト、新井!!…………センター、柴崎!!………ライト、桃白!!…………キャッチャー、鶴石!!…………北関東ビクトリーズ、本試合の先発ピッチャーは、連城!!背番号18!!」



自分の名前がアナウンスされたら、マスコットのビック君とトリーズちゃんの人形と記念のレプリカボールをスタンドに投げ入れながら、各々守備位置に就く。


ほとんどの選手は、その人形とボールをビクトリーズファンの多いベンチ上や1塁側スタンドにさっさと投げ入れてしまうのだが、天の邪鬼な俺は一味違う。そんな風に普通に投げ入れて何が面白いのかと、そう考えてしまうのだ。





グラブの中いっぱいに人形とボールを詰め込んだまま、1塁ベンチからずっーとレフト後方のフェンス際まで走り、敵チームの応援団の目の前まで行く。



なんだ、なんだと、スカイスターズファンの皆様方が目を丸くしている。そんな彼らに俺は言う。



「これ、欲しいひとー!!」



「「はーい!!!」」



ポーイ!



「人形欲しいひとー!」



「「はーい!!」」



そっちにポーイ!!



「ありがとー、新井さーん!」



「おうよ! ようこそビクトリーズスタジアムへ」



相手チームのファンにもサービスを怠らない俺に、野球の女神様もさぞかしご満悦であろう。





ピッチャーの正念場はやはり夏場。


現代のプロ野球では、2月のキャンプイン初日から実戦形式の練習に入る球団も多く、そうすると1月の半ばくらいには、シーズンに向けて本格的に肩を作り始めたピッチャーはちょうど半年になるこの時期に、1番体に負担がかかり疲れを感じるのだという。


ペナントレースも折り返し地点に差し掛かり、日程もより過密に。


どの球団も登板過多気味に先発ローテーションが組まれ、それに付随するように、チームを支える中継ぎ陣も連投につぐ連投。


そこからの夏場のむしむしする季節感も相まって、投手野手ともに、選手としての底力が試される、オールスター前最後の2連戦である。


しかし、中には例外がいて、うちの先発であるドラ1ルーキーの連城君がまさにその1人。


いつも前向きで明るい彼は、まさにスタミナお化けで、170球完投負けして中4日でまた120球。


試合直前になって、急遽予定していた先発ピッチャーが投げられなくなった時も、志願登板して6回を投げ抜き、ケロッとした表情で、中2日できた本来の先発マウンドに上がる常識はずれのピッチャーだ。


まあ、その全ての試合で負け投手になっていることが、15連敗した大きな要因の1つだが、彼のいいところはそれを引きずらないこと。


そして、いつでもバッターに真っ向勝負を挑む投球スタイルに彼の魅力がある。

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