ボンビーな新井さん4
「問題なければ、ここと、ここにサインして。…………ハイ、オッケー。これで書類の方は大丈夫かな。ここに記載されている額面通り、月末に振り込まれるから、届いた給与明細を確認しといてね。後日写しをクラブハウスのロッカーに入れておくから確認しておいてね。それじゃ移動日にわざわざありがとう。お疲れ様」
肩凝るような話がやっと終わり、2枚の書類にサインをして、ようやく俺は解放された。
とにかもかくにも、プロ野球選手なのにお金がないと問題は当面の間は解消されそうだ。とりあえず、来月再来月は今もらっている倍額以上の現金が振り込まれることりなった。
あくまで1軍にいる間の話だが。
極端な話、試合に出なくても1軍に居れば、その1軍最低保証なんちゃらってやつで、最低でも1日5万円もらえるとなれば、気合いが入らないわけがない。
こうなったら、監督やコーチにごまでも何でもすって1軍にしがみつかなければならない。
生活がかかっているのだから。
「あら、宮森ちゃん。まだいたの?」
「はい、まあ」
応接間から出ると、てっきり帰ったと思っていた宮森ちゃんがまだ事務所にいらっしゃった。ミスを挽回しようとしているのか、私服の上からエプロンを着けて、事務所の中を掃除していた様子だ。
「宮森ちゃん、林田さんの前でミスした分のポイントを稼ごうとするなんて、君も結構いやらしいねえ」
「そういうことを言う新井さんが1番いやらしいです」
「それはそうと宮森ちゃん。さっきの食べ放題のピザ屋さん行こうよ。お腹すいたでしょ?」
「え? 今からですか?」
やった! というよりかは、え?新井さんと一緒にですか!?
という、誘った俺がだいぶ傷つく反応の種類だった。いろいろフォローしてあげてたのに。
別に宮森ちゃんは恋愛対象には全然入ってこない部類のおっぱいだが、せっかく誘ったのにそんな反応では、俺の純情ハートにグサリと何かが刺さる。
そんな俺のリアクションが僅かに顔に出て、彼女に伝わってしまったのか、宮森ちゃんは慌てて態度を訂正するようにエプロンを外し、バッグを肩にかける。
「行きましょう、行きましょう! もう午後2時過ぎてますし、お腹ペッコペコですよ! 新井さんも今日はまだ何も食べていないんですよね!」
「宮森ちゃん、いいよ。無理しなくて。俺とはご飯行きたくないんでしょ? 他のイケメンルーキー達の方がいいってわけだよね。連城君とか、碧山君とか、柴ちゃんとか」
「ああ、そんな! わ、私は新井さんとがいいです! 新井さんとご飯行きたいです!」
「じゃあ、俺のいいところを10コ言ってみてごらんよ」
「え、えっと。…………新井さんは流し打ち上手いですし、フォアボール選べますし………バントもできますし………あと、走塁意識が高いです!」
「いや、そうじゃなくて………もっと、人間として、男としていいところを……」
「新井さんって、結構めんどくさいですね」
「は?」
「はい?」
そして1時間ほど。一心不乱にピザを食らい続けた俺と宮森ちゃん。
「今日はごちそうさまでした、新井さん。ピザお腹いっぱい食べれましたし、楽しかったです!」
「おう、また明日よろしくな」
「はい、明日も勝ちましょうね」
歩いてすぐ側ということで、宮森ちゃんとは駅前でお別れ。
食べ放題のピザ屋さんでがっつり80分、ピザやパスタを食べ詰め込んで、デザートにアイスクリームを食べて、本屋さんでヘラヘラしていたら結構いい時間なった。
散歩がてらゆっくり自分の部屋まで歩いて帰り、洗濯やらなんやらを済ませて、何事もなかった顔をして、みのりんの部屋に入る。
「ただいまー」
「おかえり、新井くん。凄い活躍だったね」
「当たり前よ。なにせ目標は首位打者だからね。はっはっはっ!」
「頑張ってね」
既に料理の下ごしらえは済んでいるようで、みのりんは温かいお茶を入れると、まるで自分の部屋のようにソファーでくつろぐ俺の横にふわっと座る。
「ねえ、新井くん。昨日のヒーローインタビューピッチャーの岸田さんが調子よくなったのって、新井くんのおかげなの?」
「そーなのよ。今シーズンキッシーは打者により近いところでボールを離す新フォームに取り組んでいたんだけど、それでは右打者から見ると………」
そう話かけたみのりんが突然立ち上がり、俺にお尻を向ける。
「待って。小説のネタになりそう。メモ帳持ってくる!」
みのりんはダッシュで引き出しから分厚いメモ帳を取り出し、すぐ真横に戻ってきた。
「新井くん、もう1回最初からお願い」
ふわっといい香りがした。
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