ボンビーな新井さん3

宇都宮駅前から、ビクトリーズスタジアム方面行きのバスに乗って、プップー! と10分ほど。


スタジアムが近付くにつれて、林田さんに叱られるんじゃないかとまだ不安で押し潰されそうになる宮森ちゃんを励ますように明るく話しかけ続ける。


俺と宮森ちゃんの他には、どっかのおばあが1人乗っているだけのガラガラのバスがひた走っていた。


「次は、ビクトリーズスタジアム前。ビクトリーズスタジアム前です」


ポンピーンとボタンを押して、止まったバスの前方出入り口からバスを降りる。


「もうすぐ午後1時だ。ちゃっちゃっと早歩きで行くよ」


「ちょっと待って下さい、新井さん! 歩くの速いですよ!」


バスを降りた彼女が立ち止まる。


「なにを待つんだよ。ほら、早く行くよ。広報の仕事だって、時間との戦いだろ!」


「あ、ちょっと! 引っ張らないで下さい」



彼女の華奢な細い腕を引っ張って、俺はスタジアム前の通りを歩く。ここにきて怖じ気づきやがって。


これだから社会人1年生は困っちゃうわよね。


肉料理ばっかり食べないで下さい! 栄養バランスを考えて下さい!



などと、口では偉そうなことを言っているけど、22歳の小娘だからな。結局はこうやって引っ張ってってあげないといけないわけよ。







「やー、新井くん!久しぶり! 活躍してるねえ!」


「いやあ、どーも、どーも!」


最近はすっかり仲良くなったビクトリーズスタジアム出入口の警備のおじさんに挨拶をして、意気揚々とスタジアム内へ。


普段は行かない1塁側ベンチからバックネット側にある通路へと入り、事務所の方へと足を向ける。


すると、気配を察したのか、なんとか部長さんの林田さんがスーツ姿で俺を出迎えた。


入団してからは、1回も会っていなかったのだが、俺の活躍やおふざけ具合はもちろん知っているようで、握手をしながら、嬉しそうに俺の背中を叩く。


「君と契約した時は、絶対プロで通用するわけはいと思っていたけど、やっぱり野球って分からないものだね。……ほら、しばらく見ない間に体つきもずいぶんとがっしりしてきて」



そう言って林田さんは俺の胸筋をグーで押す。


それにしても、絶対プロで通用するわけないとはどんな了見だ! プンプンプン! みたいな感じで談笑していると、じゃあ、大事な話を奥の部屋でみたいな雰囲気になったので、俺の奴隷候補ですと、宮森ちゃんを紹介した。



「林田さん! 申し訳ございません!!」


通路の陰で様子を見ていた宮森ちゃんが俺達2人の前に飛び出してきて、ズバッと頭を下げた。


それを見た、林田さんは。


「あっはっはっ。いいんだよ、宮森さん。君はいつも頑張っているから。これからも新井君をはじめとして、新人選手を上手くフォローしてくれよ。新井君も彼女をよろしくね」


そう言って、林田さんは優しく笑った。





「まず差額の800万円を1軍登録規定日の150で割る。すると、だいたい5万3000円くらい。これが新井君の1軍最低保証の日当になるわけ。それで、先月の中頃から新井君は1軍に登録されているから………5万3000円かける22日で……」



と計算していと、なかなか凄い金額に。


しかし、それはあくまで最低保証年俸なので、今すぐ受けとることは出来ない。シーズンが終わった後の契約更改後にまとめて振り込まれるのが通例らしい。


しかし………。


「もしかしたら知っているかもしれないけど、何年か前に選手会からの要望で、日割りした最低保証を月締めで選手が受け取れるようにして欲しいっていう話があってね」



要はその最低年俸というものも、本来受け取れるのは来年になってから。しかし、年俸がそれ以下の選手は大抵カツカツであり、1軍2軍を行ったり来たりだったり、付き合っていた彼女が妊娠なんてことになったりでいわゆる入り用になった時の前借り制度みたいなものがある。



俺の場合は、本来入るはずの寮がパンパンで入れずに、適当なマンションで1人暮らしだからと、気を回してくれたらしい。



「球団との折り合いがつけば、月々の給与に加算して受け取れるんだけど、新井くんはどうす………」





「受け取ります!」


俺は迷うことなく即答した。




だって、残高が8000円しかないんですもの。

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