ボンビーな新井さん1

移動日。せっかく変なことを言い出しながら、活躍したのにヒーローインタビューは当然のようになしでありまして、ぶすくれながら中華料理も堪能出来ずに宇都宮へ帰ってきて、結局勇気が出なくてみのりんのお胸に飛び込むのは妄想の中だけに留めておいての翌日。


今日は試合のない月曜日。


お休みですし、お財布の中身も寂しくなってきたので、ゆっくり2度寝した後、昼前くらいにコンビニのATMでお金を下ろそうと思ったのだが。


空っぽに近い預金口座を見て、俺は固まってしまっていた。


お金がない!



プロ野球選手になったのにお金がない。



気付くとびっくりするくらいお金がなかった。



まあ、あと少しで給料が入るので今月はなんとかなるが、それにしても口座に8000円しかないのはあまりにも寂し過ぎる。



嘘だろ。現役のプロ野球選手。しかも最近はちょいちょい活躍し始めた野球選手の残高が貧乏学生並って嘘だろ……。


本当に俺はプロ野球選手なのだろうか。



そんな不安が俺の脳裏をよぎる。



アルバイト時代に、パチンコ三昧だった頃の方がまだお金を持っていた気がする。ちょろっと上手くいけば、財布の中身が10万15万なんて日もあるくらいだったのに。


入団した時の契約金は、実家のリフォームにほとんど使ってしまったし。それが今の金欠の原因なのだろうが。



プロ野球の支配選手の最低年俸は400万円くらいはあるはずなのだが。


そういえば、12月に俺は年俸320万の書面でハンコを押してしまった気がする。




あれ? 俺って育成選手だったっけ?




もしかしたら、とんでもないブラック球団に入ってしまったのではないかと不安になってきた。





やばいなあ。どんなに頑張っても、野球選手というのは、契約更改の時期を超え、翌年の2月にならないと、まとまった現金は手に入らないからなあ。


320万円が俺の年俸だが、月給にすると26万ほど。


税金やら保険やらで色々天引きされて、20万。そこから球団と折半している家賃を支払って残り17万。


料理を作ってくれるみのりんに渡す食費や自室の光熱費やケータイ代やらで、自由に使えるのは毎月10万円くらい。


しかし、クラブハウスの利用費や雑費やらなんやらで結構かかるから、お小遣いという意味では、家庭持ちのサラリーマンと変わらないくらいのお金しか残らない。


まあ、みのりんの部屋に行ったり、クラブハウスやベンチ裏に行けば飯はいつでも食えるから、それほど困ったりはしないけど。


今だって、20円引きセールの肉まんを我慢して出て来ましたよ。


寂しすぎないか? 俺の生活。


車や高級時計は夢のまた夢。それどころか、オーダーメイドのグラブやバットにさえ手が届かない。エロ漫画1冊買うのも躊躇っている。


プロ野球選手なのに。


草野球を楽しんでいるおっさんだって、3万4万出して、オーダーメイドで刺繍入りのグローブを作っていますよ。



方や俺は、高校時代にお年玉を貯めて買った10年ものの、ピッチャー用のグラブでビクトリーズのレフトを守っていますよ。


もうボロボロで、何度も直しながら使ってるやつ。



あれ? 俺って本当にプロ野球選手だよね?




とりあえず、もう少しの給料日までちょっと節約しなきゃなあと思いながらも………。


ぐー……。


腹は減る。


金はなくても腹は減る。


札幌、仙台の6連戦。あんなに頑張ってたのに、結局ヒーローインタビューをします! っていう目標も達成出来なかったわけだし、腹は減りますよ。


どうしようかな。夜はみのりんがご飯作ってくれるけど、さすがに夜まで我慢するのはなあ。もうすぐ12時だし。


移動日だから、クラブハウスの食堂も開いてないし、かといって若手寮に忍び込むのもカッコ悪いしなあと思いながら駅前をブラブラしていると………。



「あ!」



わざわざ俺に聞こえるように、俺を見つけて声を出した若い女性。


遠征先で、俺の飯事情に介入してくるチームスタッフの小娘だ。


ちょっとチークを目立たせる初夏らしいメイクをして、ピンクの可愛いお洋服を着て、小さなバッグを肩に下げて、テカテカした淡い色のヒールを履いて、ピアスまでして。


ちゃっかりおしゃれしてお出かけかよ。



「偶然ですねえ、こんなところで会うなんて」



「本拠地そばの宇都宮の駅前なんだから、そりゃ出くわしますわよ。今からお出かけ?」



「ええ。ここのお店でご飯を食べようと」


と、彼女が見た先は、パスタ、ピザ食べ放題と、手書きのボード看板が出ているお店。


へー、スープとサラダ、ドリンク付きで1500円かあ。


結構安いじゃない。




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