中華を食べたい新井さん1

「そうなんです。これからどういう感じで仕事をしていこうか悩んでいて……」


熱燗を半分くらい飲んだ頃、仕事の話になったが、そもそもこの子が何の仕事をしているか分からない。



それでも、顔立ちはまあまあ良さげで、柴カノ程ではないが、スタイルもなかなか。ちょっとふっくら仕掛けているボディがムチムチとしている感じで、場合が場合ならば心を相当まさぐられる思いになる。


着ている服やバッグもどうやらブランド物といった感じで身なりはお上品。なんだか結構なお仕事をされている気がした。


しかし、わざわざ職業を聞くような雰囲気でもないので、とりあえずその場のノリで、まあ適当でいいやという感覚で受け答えする。


「結局はね、自分のやりたいことをやりたいようにやるのよ。そうすれば、自分の良さってのが生きるから。そして、自分の良さが自分らしさになる。生き生きとやるのが1番だよ。………本当にダメなことをしたら、誰かが叱ってくれるから。それまでは、自分らしく頑張ってみようよ」



なんていっちょまえにアドバイス。



それに対して彼女はそれなりに思うところがあったようでフムフムと聞き入れたようだ。



「自分らしくか………。そうですね、ちょっとやりたいようにやってみようと思います」


「うん。その調子、調子!」



なんとなく彼女の気分が良くなって、さっきよりはだいぶ互いの距離が縮まった感じになった。


それからは美味しいおでんに下鼓を打ちながら、柴ちゃんとその彼女さんが戻ってくるまで、たわいのない話で盛り上がった。







翌日。試合が始まる。


「ただいまより、両チームのスターティングメンバーを発表致します。まずは、先攻の北関東ビクトリーズ、1番、センター、柴崎」


結局、柴ちゃんは彼女さんと無事仲直り出来たようで、 2人でニコニコ笑いながら、手を繋いで、屋台のおでん屋さんまで来たのだが。


1時間以上も帰って来なかったのでなんだかちょっと怪しい。


彼女さん達と別れて、タクシーに乗ってホテルに戻る時も、隣に座る柴ちゃんからはなんだか、シャンプーだかボディソープだかの香りがしていたし。


別にケンカの原因なんか俺にはどうでもいいことだったが、とにかく柴ちゃんがいつもの明るく軽いノリに戻っていたので、とりあえずはひと安心だ。



とはいえ、いざ遠征先のホテルに戻るとなるとドキドキ。他の選手なら問題ないが、チームスタッフや間違ってコーチおじさんに外出がバレたりしたら、懲罰ものだ。



ホテルの入り口まで来たら、運よく他の宿泊客のグループがたくさんいらっしゃって、そこに紛れながらエレベーターに乗り込み、飛び込むようにして部屋に帰った。



緊急のミーティングなんかが開かれていたりしたらアウトだったが、そんなアンラッキーもなかった様子。



無事、翌日の試合を迎えられたわけだ。


柴ちゃんのボーンヘッドで失われた俺のヒットはもう戻ってこないけどね!



とにかく俺と柴ちゃんは今日も1番2番でスタメンだ。



今日こそ勝って、中華街に行こうではないか。





という感じで。個人的には前向きに試合に臨んでいたのに。



カアアァッン!!




「いい当たりだー! グッドールの打球は左中間へ!! センター柴崎がバックしていく………向こうむき……入りましたー!!」


ああ。一応打球を追うフリをしてみたけど、2、3歩走り出したところでもう打球がスタンドに入ることを確信した。まるで流れ星のように、あっという間に上空を過ぎ去っていった打球。


彼女と仲直りしてテンションが上がっているセンターの柴ちゃんもフェンス際までいったが、どうすることも出来ない。


スタンドに入った瞬間に、俺に向かって両手を広げるだけだった。


そんなリアクションも仕方ない。


こうして俺達の頭の上を越えてスタンドに飛び込んだのは、今日すでに3本目なんだから。


「7回ウラ、5番グッドールにも1発が飛び出しました! 左中間スタンドへ、第9号の2ランホームランです。………今ホームイン! これで横浜2桁10得点! 10ー1です」


あー、とどめの1発。もう無理ですわ。今日も中華街には行けそうにはありません。


3連戦の最後となる明日の試合に帰っても、試合が終わったらソッコーで宇都宮に帰るからなあ。


次の横浜遠征まで中華街はお預けだ。


帰ったら、みのりんに中華料理を作ってもらうしかないな。

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