悪質な茶々を入れる新井さん
8回裏の攻撃は、桃ちゃん内野ゴロの1点のみ。
しかし、その1点を守ればいい。最終回を0に抑えれば埼玉さん相手に連勝だ。
そんな状況でマウンドに上がるは、ビクトリーズのクローザーであるキッシー。俺と同い年。最速150キロのストレートにスライダー、フォークを巧みに操る右腕。
リリーフカーに乗って、ライトのポール下のブルペンエリアから現れた。
マウンドに上がり、投球練習を終えてバッターを迎えると、彼のボールが唸りを上げた。
ストレートがコーナーにビシバシ。変化球がグイングインと決まる。
あっという間に3人目のバッターを2ストライクと追い込んだ。
「空振り三振!! 最後はやはりフォークボールでした!! ビクトリーズ守護神の岸田、見事な三者凡退締めでした!!1ー0!ビクトリーズ、埼玉ブルーライトレオンズ相手に連勝であります!」
俺はベンチの中から勝利の瞬間を見届けた。
最後はキッシー得意のフォークボールがベース板でワンバウンド。
なんとかしなきゃと焦った相手バッターがそのボールに手を出して空振りしたのを確認して、俺はいの一番にベンチを飛び出した。
マウンド上のキッシー。キャッチャーの鶴石さんが同時に右手の拳を握り、笑顔になる。
俺に続いて、他のチームメイト達も一緒になって飛び出してくる。
ハイタッチをかわして、1塁側のファウルグラウンドで1列に並び、ファンに挨拶をして喜びを分かち合う。
ベンチに戻ると、広報担当の女性が現れて、先発ピッチャーだった連城くんが連れていかれた。
今日は野手陣で活躍した奴は皆無。チーム唯一の得点も桃ちゃんの内野ゴロ間の1点だったので、予想通りの1人ヒーローインタビューだ。
「こちら放送席! 本日のヒーローは、はちきゃい無失点! 見事なピッチングをしまして、ルーキーの連城達弘投手に来て頂きました! 連城投手、ナイスピッチングでした」
「ありがとうございます」
ファウルグラウンドでは、スポンサーのロゴや広告がびっしりと貼られたパーテーション、簡易ステージが設置され、インタビュアーとカメラマンが集まり、連城君に群がっている。
連城君はブカブカのシャツを羽織り、右肩にアイシングをして、わりときれいな地元のアナウンサーにマイクを向けられている。
なんだか、アナウンサーも連城君も初々しい感じで面白そうだったので、俺は1人ベンチに残って、ヒーローインタビューの様子を見ることにした。
「まずは、今の率直なお気持ちを教えて下さい」
「えー、とりあえず勝てて良かったです」
「なるほどー。相手ピッチャーは………あの………桜池投手でしたが………いかがでしたか?」
え? いかがでしたか? なにが?
「えっと…………すごいピッチャーでしたので、胸を借りる気持ちで、とにかく自分のピッチングをしようと、心掛けました」
「なるほどー。自分のピッチングを………しようと………。今日は自分のピッチングが出来ましたか?」
え!? そんな聞き方する? 8回無失点で十分なピッチングじゃないの。
もうクダグダだ。
途中、アナウンサーと連城君の微妙な噛み合わなさに、スタンドが失笑する雰囲気にもなったが、連城君が1つ答えると、ファンから歓声と拍手が起こる。
「それでは、最後に………ファンの皆さんへ一言お願いします」
「えー、これからも今日みたいなピッチングができるように頑張りますので、応援よろしくお願いします!」
「ありがとうございました! 今日のヒーローは、見事なピッチングをしました、連城達弘選………投手でした!!」
みたいに、途中がほんとにグダクダなだけで、思ったほどおもしろくはならなかったヒーローインタビューがあっという間に終了してしまった。
途中から飽きてきたので、アナウンサーと連城君に聞こえるように、キース! キース! とキスコールをしていたくらいだった。
2人とも、ただ恥ずかしがるだけで全然キスする素振りすら見せなかった。
なにしとんねん。ほっぺにちゅーくらいせんかい!
ダメだよ。今時、プロ野球でも目立とうと思ったら、ヒーローインタビューで新人アナウンサーをおもむろに抱き寄せるくらいはしないと。
そのくらいやらないと、厳しいプロ野球の世界では生き残っていけないからね。
ヒーローインタビューから解放された連城君はライトスタンドやエキサイティングシートの方へ歩いていき、声援に応えながら、ファンとのハイタッチを始めた。
いよいよやることないので、俺も今日は帰るとしよう。
明日はスタメンで出たいなあ。
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