新井さん、躍動する。

0ボール2ストライクから低めの変化球に柴ちゃんの大振りスイングが空を切る


「ストライク! バッターアウト!」


柴ちゃん………。三球三振やんけ。なにしてんねん。


なにがライトスタンドにぶちかましてきますだよ。


大口叩きやがって。


三振した柴ちゃんが打席に向かう俺の近くに寄ってきた。


「新井さん、最後フォークが結構落ちてきましたよ」


「見れば分かるよ」



たいした情報をくれないダメな1番打者だなあと思いながらも、柴ちゃんが凡退してくれたおかげで、初スタメンの初打席で集中して相手投手と対することが出来る。


「2番、レフト、新井」


俺の名前がアナウンスされるが、ビクトリーズファンからは特に歓声はない。


ギャル美やポニテちゃんは俺の登場に大騒ぎかもしれない。


みのりんは両手を握ってハラハラしながら俺を見ているだろう。


そんな想像をする余裕をもちながら俺は打席に入る。


「よろしくっすー」



キャッチャーと主審様にちゃんと挨拶をしてバッターボックスに入り、足場をならし、バットを構える。


俺はこれでまだ6打席目。相手チームにはほとんどデータはない。


ノーヒットノーランを阻止するヒットを打ったことは、相手バッテリーにすればたいしたことではない。


まだよく分からない特徴の右打者が来た時の初球はだいたい決まってるのよ。


「さあ、2番新井にたいしてピッチャー村山、第1球を投げました!」





カンッ!


「新井、初球を打った打球は右へ転がって………セカンドの…………右を破っていきました。ライト前ヒットです!!」


我ながらコースに逆らわない見事な流し打ち。打球はグラウンドの人工芝を這うようにしてスライス気味に1、2塁間へ。


飛び付いたセカンドのグラブの先を抜けてライト前へと転がっていった。


「2番の新井がスタメン起用に応えるいいバッティングを見せました」


「初球のね、外角のいいボールでしたけど、いいバッティングしますねー」


1塁ベースに立って1塁コーチャーのたまに恐いおじさんに色々アドバイスされたが、ベンチからは特に何もサインは出ない。


打席にはこの男が立つ。


「3番サード、阿久津」


北関東ビクトリーズの主将にしてチームの精神的柱。


今年37歳。プロ19年目のシーズンを迎える大ベテランの三塁手。


ビクトリーズに入団する前は、福岡で2度の日本一に貢献した右の大砲。10年前のシーズンには、ホームラン王と打点王の2冠に輝いたこともある勝負強いバッターだ。


落ちついた様子で右打席に入ると、ふーっと息を吐いてバットを立て、膝を軽く曲げて体重を乗せどっしりと構えた。






「1アウトランナー1塁になりました。ピッチャーの村山は、ここまで3勝2敗で防御率は3.16。打席の昨年まで西日本リーグの福岡に所属していた阿久津との対戦成績は、11打数2安打。比較的バッターの阿久津は抑えている村山ですが、ここはどうでしょうか」


「阿久津は苦手とするのはインコースなんですよね。アウトコースは甘くなれば長打がありますから、なるべくはインコースで勝負したいですよね」


相手先発の右腕村山は、若い勢いのあるピッチャーだが、調子にムラがあり、セットポジションからの投球に難がある。


ランナーがいないときは、力のあるボールをコーナーに投げ分けるが、セットポジションになると突然コントロールが甘くなる節があるのだ。


だから、3番4番の前に俺が出塁した意味は大きい。


「………」


相手ピッチャーは、1塁ランナーの俺を若干気にしながら、阿久津さんに第1球を投げる。


その球がベルトの高さ付近に甘く入った。


そして、阿久津さんがそのボールを叩くと、打球はレフト上空にもの凄い勢いで上がった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る