眼鏡女子は暗闇に立つ
「んー、折れてはいないかねえ。しかし、そんだけ痛いってことは強い打撲だ。骨は折れなかったけど、かなりのダメージを負ったんだろう。2週間は安静にするように。左腕でよかったな」
もはや顔馴染みとなった宇都宮のとある総合病院の医者はやれやれといった感じで俺に診察結果を伝えた。
正直折れているんじゃないかと思っていたので、予想よりは軽症だったが、俺にとってはせっかく1軍に上げてもらったその試合でケガしてしまったことがなによりショックだった。
「………あざした。それじゃ」
医者のおっさんはまだ俺に何か話している様子だったが、俺はとぼとぼと歩いて勝手に診察室を離れた。
「おーい。2週間経ったらまた来るんだぞー」
俺はそのまま病院を離れ、球団のマネージャーに診察結果の連絡だけ入れて、その足で帰宅。
自分の部屋に戻り、ふて寝するように気がつけば眠ってしまっていた。
「…………」
気持ちは寝たい。でも体が起きてしまう。
ちょっと寝てはすぐ起きて、目を閉じては涙が滲んでくるような悔しさと虚しさだけが入り乱れるような感情が頭の中を駆け巡る。
自分では試合なんて関係ないと思ってしまっても、何度もスマホのサイドボタンを押してはプロ野球速報アプリを開いてしまう。
北関東3ー4広島
7回ウラ 北関東の攻撃
広島 ピッチャー交代 永山→吾野
1番柴崎 3球目の変化球を打つもセカンドゴロ。1アウト。
2番川田 低めの変化球を打つもサードフライ。2アウト
3番阿久津 外角のストレートに手が出ず見逃し三振3アウトチェンジ。
8回表 広島の攻撃
北関東ピッチャー交代 影森→奥田
7番 石島 内角のスライダーを打ちレフトへのツーベースヒット。さらに、レフト川田の悪送球により3塁まで進塁。ノーアウト 3塁
8番 川部 6球目、低めのスライダーを見送りフォアボールを選ぶ。ノーアウト1塁3塁。
9番 吾野→代打 松谷
セカンドゴロの間に広島1点をあげる。 1アウト1塁
北関東3ー5広島
1番 田中 真ん中高めのストレートを打ち、ライトスタンドへのツーランホームランで広島追加点!!
北関東3ー7広島
スマホの野球アプリで試合経過を確認すると、どうやらうちのチームは終盤で致命的な追加点を奪われたようだ。
そこまで確認して、俺はスマホを閉じ、起き上がってベッドに腰かける。
時刻はもう夜9時にさしかかるところ。部屋の中は真っ暗。外も当然真っ暗だ。
俺はそんな部屋の中で今日の自分を思い出してみると、また涙がじんわりと出てきて、目の前が滲んできた。
2軍降格の10日明けですぐ1軍に呼ばれ、実績のない俺をスタメンで起用してくれたのに。
ファウルボールを追って勝手に突っ込んできた相手キャッチャーを助けようとして自分がケガをするとは。
相手チームの選手を庇って自分がけがをする馬鹿な野球選手が他にいるだろうか。
首脳陣にアピールする絶好のチャンスだったのに、打席にも立てずに、1回表の守備に就いただけで途中交代。
相手チームファンの少女にマスコット人形をあげておきながら、ソッコーケガ。しょうもないケガの仕方。
1軍に上がってきて何をやってるんだ、俺はと。
俺はそう思う度に、真っ暗な部屋で涙を床の安い絨毯に涙をポタポタと溢したながら、1人頭をかきむしることしか出来ない。
「新井くん………?」
「わあ、びっくりした!」
いつの間にか、みのりんが俺の目の前に立っていた。
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