いじられる新井さん2

「中学の時は、何回も地区大会を優勝して県大会に行ったりしてたんだけどね。なかなか高校時代は芽が出なくて。ボールも全然速くならなかったし、後輩にエースナンバーを取られたりしてさ」


「そう。あたしもバスケットやってたけど、ずっしり補欠だったから、気持ちは分かるわ。でもあんたは社会人野球をやってたのよね?」


「うん。地元の金属加工会社に。小さい会社だったから、試合に出れるかもって思ってたんだけどさ。部員も20人くらいしかいなかったんだけど、甲子園出場経験者が居たり、大学でレギュラー張ってたりしてた奴もいて結構レベル高くて」


「そこでも試合に出られなかったの?」


「うん。でもその時のキャプテンに、流し打ちの極意のようなもの教えてもらったりして、結構いい練習をやらせてもらってたよ。会社が不況の煽りを受けて野球部はすぐに廃部になったけどね」


「そう。それからはパチンコ屋でアルバイトを?」


「うん。なんだかいろいろとやる気がなくなっちゃってさ」




「でもあんたってなんかやりそうな気がするのよね、あたしから見ると」


「どういう意味だよ」


「ほら、初めてあんたが試合に出た時なんかはさ、結構すごい場面だったじゃない。絶対にバントが失敗出来ない状況でさ」


ギャル美はあの時の場面を思い出すように、ぶどうのチューハイをぐいぐいと飲む。


「でもあんたはきっちりといいバントを決めた。しかも3塁線にこれ以上なくきっちりと。あの時あたしは思ったの。もしかしたらあんたは、息の長い選手になるかもしれないって」


息の長いって。よくそんな言葉知ってるなあ、この子は。



「俺としてはああいう場面できっちり仕事するところから初めていかないとね。1個も信用されてないんだから」


「あんたはどうして2軍で試合にも出ずに、いつも1人で別メニューで練習してるの?」



「体力づくりだってさ。入団する時のメディカルチェックで、筋力は高校生レベル。脂肪は30代後半レベルと発覚しまして。少なくともオールスターくらいまでは球団の指定したトレーニングメニューに従わないといかないんだよ」



「へえ。でも、いつまでも体力づくりしてたら、あんたおじさんになっちゃうじゃない」


「わかっとるわ。………さて、もう結構いい時間だから帰るわ」


「あら、そう? もうちょっとゆっくりしていけばいいのに。なんなら泊まっていく? 朝になったら、そのままみのりを迎えに行けばちょうどいいじゃない」


ギャル美は俺に気を使ったのか、そんな言葉を口にしたたが、俺は丁重に断った。


男女の序盤の付き合いは、名残惜しいくらいで別れた方が上手くいくとなんかの本で読んだので、俺は急ぎ足で彼女の部屋を後にした。


月明かりだけが俺を照らしているようで、澄んだ空気が吹き付ける度に、俺の胸が高揚する。


小さい頃からそうだ。


誰もいない暗い夜道。俺以外が誰もいないように感じるこの空間では、なんでも出来るような気がする。


何かあるとよく俺は夜に散歩をする。余計な考えが風にさらわれていき、頭がクリアになり、感覚が研ぎ澄まされるのだ。


しかしそれも最近は少し変わってきた。


誰かと2人でその夜道を歩いている感覚も悪くないと感じているのだ。



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