ポニテちゃんの隣がいいです。

「いや、俺もな大卒社会人でプロに入った時はもう26歳だった。将来のことを考えると、正直プロに行くべきか悩んだくらいさ。嫁も子供いたしな。だが、チャンスがある以上、挑戦しなくちゃな。野球人ならよ。お前の気持ちも分かってるつもりだ。テスト入団のお前はもっと苦労してるだろうしな」



飯塚監督は帽子を外して、後ろに流している若干減ってきた髪の毛を触りながら、大好物のブラックコーヒーをカップに注ぐ。


そこに勝手にミルクを入れてやった。



「お前のような男は珍しいよ。いいか悪いかは置いといて、お前は常に前向きな男だな。自分がどんな状況におかれようとも、常にベストの判断を下してプレーする。


今日の走塁だってそうだ。思いつきで出来ることじゃねえ。お前のプレーを見てた連中も何か考えることがあっただろうさ。


お前は、まるでこのコーヒーに注がれたミルクのようだ。たったこんだけの量で真っ黒いコーヒーの色を変えちまうんだから。


東北の遠征でお前が試合後にキレた話を聞いた時も、お前ならやりかねねえなあと、俺はそう思ったよ」






「しかし残念だよ、新井」


「何がです?」


「今日の2軍戦、状態が悪そうじゃなかったから、お前を1軍に上げてくれって話だったんだから」


「ええ!? 本当ですか!」


「本当だよ。お前明日になれば、2軍に落ちて10日になるだろ? 昨日までの連戦終わりに先発投手の千林をもう2軍に落としてるんだよ。今1軍の枠が1つ空いてて、これから西日本リーグとの交流戦だろ? そうすると、西日本リーグの本拠地ではDHも使うわけだから、野手が余分にいるんだよ」


「大丈夫っすよ。明日には普通にプレー出来ますから」


俺がそう言うと、2軍監督は飲み終えたカップで机を叩く。


「バカ野郎! ケガ人を上げるわけにはいかねえだろ。1試合先発で出たくらいで足痛めやがって。早く帰って大人しくしてろ」



結局俺は蹴飛ばされるように監督室から追い出された。


ちきしょう。そういうことなら試合前に言ってくれよ。


あんなに無理な走塁することなかったのに。









「山吹さん、こんばんは」


「こんばんは、新井くん。お疲れ様」


足を軽く引きずりながら家に戻り、シャワーだけ浴びて山吹さんの部屋をピンポンした。


すると、トットット。ドアの向こうから軽めの足音が聞こえ、エプロン姿の山吹さんが顔を出す。


「おっ! いい匂いがするね。………これは麻婆豆腐かな?」


「あたり。上がって」


彼女に招き入れられて、彼女の部屋に足を踏み入れる。



すると…………。



「はろーん。2軍せんしゅー!」



「こんばんは。新井さん」



またギャル美とポニテおっぱいちゃんがいらっしゃった。


テーブルに着いて、今まさにご飯を口に入れようとしている瞬間だった。


「ちょっと、マイちゃん。俺のご飯は?」


「心配しなくても、あんたの分はちゃんとあるってば。ほら、あたしの隣に座んなさい」


ギャル美に蹴り飛ばされるくらいの勢いで椅子に座らせられた。


俺はポニテちゃんの隣がよかったのに。







「チョー、ウケるっしょ? マジでありえないから!」


「そんな言い方しちゃダメだろ。その子だってわざとそうなったわけじゃないんだからさ」


「そうだけど、でもそーはならないでしょ。あたしぱっと見たとき、ほんと信じられなかったんだから!」


仕事場での後輩の失敗をいじってゲラゲラと笑うギャル美。その姿を見て、みのりんはどこか微笑ましく見つめていた。


「ご飯おかわりー!」


と言って、立ち上がった俺は右足首の痛みを忘れていた。


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