バントの達人降臨す。
「高く上がりました。………ライト桃白が少し後退して取りました。3アウトチェンジです。しかしこの回、東北レッドイーグルスは3点を奪い逆転しまして最終回に入ります」
2点リードして意気揚々。水を得た魚のように守備へ飛び出していったうちの選手達が、15分後にはゾンビのような状態でベンチに戻ってきた。
「東北レッドイーグルス。ピッチャーの交代をお知らせします。ピッチャー、掛井に代わりまして、横尾。背番号19」
相手チームの守護神がコールされると、スタジアム中のレッドイーグルスファンから大歓声が上がった。
150キロ越えの速球に、消えるように落ちると言われるフォークボール。ここまで失敗なしの6Sをあげている東日本リーグを代表するストッパーがマウンドへ上がった。
ズバンズバンと投球練習する相手ピッチャーに合わせてタイミングを取りながら素振りをする浜出君。
いくら絶対的な守護神とはいえ、先頭の浜出君が出塁してくれたら、まだまだ分からないぞ。
「…………おい、新井。浜出が出たら、行ってくれ。出なかったら、川田を出す」
浜出君が出たら、俺が代打?
ヘッドコーチさんよ。もしかして、また俺にバントさせるつもり?
「バッターは、8番セカンド浜出」
投球練習が終わり、浜出君がバッターボックスに入る。浜出君が出塁したら代打だよと言われていたので、ネクストに入る。
ボケーッと戦況を見つめていると、甘く入った変化球を浜出君が捉えた。
打球はライナーとなって1、2塁間へ。飛び付くセカンドのグラブの先を僅かに抜けてライト前ヒットになった。
ということは………。
「北関東ビクトリーズ、選手の交代をお知らせします。9番染谷に代わりまして、新井。バッターは新井。背番号64」
「おっと、北関東は左の川田ではなく、右バッターの新井を代打に送ってきましたねえ」
一応、一応。監督の気が変わったりするかもしれないから、3塁コーチャーのサインを凝視してみましたが、やっぱりバントでした。
「バッターボックスの新井は送りバントの構えです。ファースト、サードがジリジリと前進してきまして………ピッチャー投げました! バントしました。1塁前! 2塁には投げられません!」
コンッ!と、心地よい音が響いて目の前に打球が転がる。ここまでストライクゾーンのボールをきっちりとバントしていますから、1塁ランナーの浜出君もいいスタートを切っていた。
前進してきた相手のファーストとサード、マウンドをかけ降りてきたピッチャー。マスクを外したキャッチャー。
そりゃ100%バントだってバレるわ。この3連戦だって、1戦目2戦目と俺はバントしかしてないんだから。
4人が俺のバントしたボールを飛び付くように拾いにいったが、俺が転がしたボールはその4人のちょうど真ん中に落ちた。
ファーストが素手で拾ったが2塁には投げられず。
ふと顔を上げたそのファーストと、下手に守備妨害を取られないようにバントした後、打席から1歩も動かなかった俺は目が合った。
「ナイスバント」
ゆっくりと近付いてくる相手のファーストの選手にそう誉められて、ボールを持った手でヘルメット越しにゴツンと頭にタッチされた。
俺はバットを持ったままドヤ顔で、ベンチへとゆっくり歩いて帰ってやった。
「一か八かのバントシフトを敷いたレッドイーグルスですが、ここは新井が上手く転がしました。1アウトランナー2塁です」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます