新井さん、1軍に上がる1

「どうも皆さま。初昇格のドラフト10位。8月で28歳のオールドルーキーの新井時人でございます。どうぞお手柔らかに……」


試合開始4時間前。1軍の選手が全員集まったところで、サードを守るキャプテンの阿久津さんの促しで、ロッカールームの真ん中に出て挨拶をした。


挨拶を終えると、パチパチバチと微妙にずれた拍手を受け、またそれぞれ試合前練習の準備を始める。


すると、馴染みのある面々が俺に近寄ってきた。


茶髪のツンツンヘアーのヘラヘラした男とまだ幼さなが残る坊主頭の高卒ルーキー。


「よう。自主トレ以来だな。すっかり1軍に定着しちゃって、打率.181の柴ちゃん」


「なんすか。もうそんなことまで調べてんすか」


「当たり前だろ。俺も1軍に上がったんだからよ。そっちの丸坊主は、既に今シーズン2エラーの浜出くんじゃないの」


「お疲れっす。でも、まだ1エラーですけど」


「あほ。昨日の記録に残らないとしても、チームに迷惑掛けたらエラーも同然だろうが。人工芝だからって簡単に守備しようとするなよ。高校時代を思い出せ、この野郎」


俺はそうアドバイスして、浜出の坊主頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でてやった。





うわー、すげー。新築って感じのスタジアムだ。


ロッカールームから廊下を通り、スタンバイエリアを抜けてベンチに入る。その1番後ろの端っこにバットとグラブを置いて、グラウンドに出ると、晴れ渡った青空が広がっていた。


そして空の1番上から下ろうとする太陽が人工芝に跳ね返り、すごく眩しい。


それでも、思っていたよりも柔らかいフカフカの人工芝。広いファールグラウンド。そして、均一に並べられたピンク色の客席が360℃見渡す限りに、グラウンドを囲んでいる。


今は、球団の関係者数名と、清掃のスタッフが何人かいるだけではあるが。


ここにお客さん達がいっぱいになると想像すると、胸がドキドキした。



「よーし、全体練習始めるぞー」


キャプテンの阿久津さんだ。名門は玄海灘福岡のチームで2度日本一を経験したベテラン3塁手。幼少期を過ごした栃木の新球団の主将に名乗り出た選手だ。


彼が声を掛けると、選手達がぞろぞろと集まりだし、なんとなくランニングが始まった。




ランニングをして、ストレッチ、ファールグラウンドでのダッシュを数種類こなす頃には、今日の対戦相手である、東京スカイスターズが3塁側ベンチに現れ始めた。


すると、それに合わせて報道陣も現れ始める。


俺達が練習を始める頃には既に、メディア向けの通路もオープンしてあったはずなのに。報道陣なんて誰1人いなかった。


「おーい、新井さーん! キャッチボールしましょー!」


アップで使用した用具を片付けながら、右手にグラブをはめる柴崎に返事を返す。


「もしかしたら、新井さんも今日スタメンかもしれませんよ」


「……はは。まさかぁ」


「だって、今日の外野手登録は、俺と桃さんと新井さんの3人しかいないんすよ。今日、怪我した飯倉さんと萩原さんが2軍行っちゃったんすから」



「………えっ、マジで?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る