ビクトリーズがやばすぎる。
「あれ? おかしいなあ………。確かにもうくっついてるかもねえ」
医者は首から紐でかけているメガネを着けたり外したりレントゲン写真を何度も確かめ、俺の左手薬指を慎重に触りながら、首をかしげる。
「ほら、もう治ってるでしょ?」
「君ねえ。骨折してからまだどのくらいだと言うんだ。まだ16日。今日で17日目だよ。そんな短い期間で、こんな所の骨がくっつくわけないんだよ」
白髪混じりの医者はそう主張する。しかし、それは俺を説得するとか、叱りつけるというよりかは、困惑している胸の内を隠しているようだった。
何故なら、素人目に見ても、骨折直後と今さっき撮ったレントゲン写真を比べればその違いは一目瞭然なのだ。
「まあ、そういうわけで、トレーニングオッケーの診断書を書いて下さいよ。今負けまくってて、うちの1軍は大変なんだから」
「確かに治ってるから、トレーニングの許可は出すが、別にチームに復帰したところで、君はどうせ2軍止まりじゃないか」
なんだとー!? いくらお医者様でも、言っていいことと、悪いことがあるぞ!」
「おめでとう、昇格だ。今から荷物をまとめて1軍へ行け」
「は?」
球場に戻るやいなや、2軍の監督は突然おかしなことを言い出した。
どうやら、オープン戦で今治ったばかりの骨折の責任を取るために、オーナーから通達された減俸をまだ引きずっているらしい。俺をからかって遊んでいるようだ。大人ってダメなやつだ。
「なんだ、お前その顔は。うれしくないのか?」
「うれしくないことはないっすけど。俺が1軍? 骨折してたのに?」
「仕方ないだろ。ケガが治り次第すぐに1軍に上げてくれって話なんだから。これも見てみろ」
そう言って2軍監督は、スポーツ新聞を差し出してきた。
そこには悲壮感漂う、どん底のチーム状況に陥る北関東ビクトリーズの記事が写真付きで出ていた。
ビクトリーズ打線に光を。最弱打線。ああ、打てない……早くも今季2回目の6連敗で借金11。
北関東 000 000 000 0
東京 020 100 20# 5
勝 石浜 2勝 負 碧山 2敗
本塁打 高野 2号2ラン(7回ウラ)
東京が3連勝。2回に高野のタイムリーツーベースで2点を先制すると、1点を加えた7回には、高野の2ランが飛び出し、試合を決めた。東京先発の石浜が9回被安打2の完封勝利で今季2勝目。破れた北関東は打線の組み替え実らず6連敗を喫した。
なるほどねえ。
開幕12試合で1勝11敗。チーム防御率リーグ3位の3.77に対して、チーム打率は12球団ダントツ最下位の.175。おまけに外野手陣は不振だわ故障やらで4人が2軍落ち。
こりゃ骨折明けのルーキーにもお呼びがかかるわけだ。
「開幕の1軍メンバーも他球団で燻っていた連中ばかりだから、期待はしていなかったが、まさかここまでとはな。2軍監督の俺も頭がいてえよ。とっかえひっかえ野手を1軍から請求されるんだから」
そう言って飯塚監督は、俺がいつしか持ってきたクッキーの包み紙を開ける。
まあ、確かに野球は点取りゲームだから、多少投手陣が頑張っていても、チーム打率が1割台の打線じゃねえ。
「でも、新井よ。その分新戦力のルーキー達にはこれ以上ないアピールの場だ。ドラ6の桃白。ドラ7の浜出。ドラ9の柴崎。この3人も今ではスタメンに定着しつつあるんだ。お前も2軍でただ指をくわえているわけにはいかないだろ?」
「まあ、確かにそうですけど。ただ………」
「……ただ?」
「あっ、いえ! なんでもないっす! 1軍を救ってくるっす!!」
「あ、ああ。頼んだぞ」
ただ、俺プロになって1回もバッティング練習してないんです。
とは言えなかった。
言っていいことと、悪いことがあるからね。
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