関西弁コーチの葛西さん。怪我してる人間を飲みに誘うな。

「おねーさーん! ミックスお好み追加! あと、ビールも2つお代わりねー!!」


「はーい! ただいまー!!」


練習後、居酒屋にたどり着いたのは、夜9時を過ぎてからだった。


もっと早くの時間に飲み始めるつもりだっただが、関西弁トレーニングコーチが夕方になって遠征していた2軍の選手を見ていたからだった。


東北からバス移動で帰ってきた2軍チームの一員が走塁中に足を負傷したというのだ。


まあ、少し待つくらいなんてことはなかったのだが、みのりんに今日は付き合いで飲んで帰ると連絡した後、関西弁トレーニングコーチが負傷した選手を見ながら、俺にこう言い放った。


「新井くん。ちょっと時間かかるから、トレーニングしておいで。いつも体幹トレーニング3セットと、坂道ダッシュ20本ね」



「………ファッ!!?」


なんでやねん、ふざけんな。




「うんめー! 今日はビールがいつもよりうめえなあ」


「そうやろ? 追加でトレーニングした成果や!ほら、こっちの肉も焼けてるで!!」


残業坂道ダッシュをしたおかげで、いつもの1.5倍増しで喉がカラッカラになっていたところに、キンキンに冷えた生ビール。


さらにアチアチの鉄板焼の味も絶品だ。


家から歩いて行ける場所にこんなお店が出来たなんて。今度はみのりんも誘ってみよう。


「あ、そや! 球場に来てたあの小さい可愛い子は、新井くんの彼女か?」


関西弁コーチがニタニタしながらそう訊ねてきた。


「いやいやいや。そうじゃなくて。ただのお隣さんだよ。今はな!」


「今はな! か。あっはっはっ!! まあ、確かにプロ野球で活躍しよう思たら、面倒見のええ料理上手なカミさんがいるに越したことはないからな。新井くん。いずれ1軍でバリバリやるなら、そういうことも考えないあかんで」


「ふーん。そういうコーチは奥さんや子供は?」


「逃げられたがな。バツ1やがな!」


「だせえ。あっはっはっ!」


「あっはっはっ!!」





「新井くん、新井くん。今日はワイが払うから」


「いやいやいや。いつもお世話なってるコーチにそんなことさせられませんて」


「ええねん、ええねん。ワイが誘ったんやから、新井くんは1軍で活躍して給料がそうやな。1億円プレイヤーぐらいなったらおごってくれや。それまで、死ぬ気で頑張るんやで」


関西弁のトレーニングコーチは、そう俺を説得して、財布から1万円札を取りだし、お会計を済ませる。


新球団の2軍トレーニングコーチの給料がいくらか分からないが、今日のところは彼のご厚意に甘えまして、ありがたくご馳走になることにした。


「ちょうどタクシー来たから拾って帰るわ! ほな、今日はお疲れさん」


関西弁コーチは止まって開いたドアからタクシーに乗り込み、ガラス越しにずっと俺に手を振りながら、ブーンとタクシーは遠ざかっていく。


俺はそれを見送り、家に帰る前に鉄板焼屋さんを出たすぐに見えるコンビニへと足を向けた。


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