バチが当たりました。

初球。真ん中低めにストレートがズドンとキャッチャーミットに収まった。俺は見送ることしか出来なかった。


パッと見た電光掲示板の球速表示で142キロ。


俺が打席に入って目にしたストレートでは今までで1番速い。2軍とはいえ、プロの球なのだから当たり前ではあるが、俺はその球を見て、あ! もしかしたら打てるかもと、そう感じたのだ。


とはいっても、ヒットに出来る自信はないが、バットに当てて内野ゴロにするくらいなら出来そうだ。


入団してから1度もボールを使った練習をさせてもらえない俺が、初めての実戦でコツンとバットにボールが当たれば十分だろう。


とか思っていたのがいけなかったのかもしれない。


2球目。


インコース寄りの真ん中の真っ直ぐや! と思った球がグインとシュートして食い込み、バットを振りだそうとした俺の左手に直撃した。


今まで経験したことがないくらいの激痛が走る。



「デッドボール!!」





まるで、左手が銃で撃ち抜かれたような感覚だった。


あまりの痛みにバットを放り出し、左手を広げた状態から動かすことが出来なかった。


2軍とはいえ俺のデビュー戦なのに、デッドボールとは。


これは乱闘や! 皆の者! であえ、であえ!!なんてふざける余裕はない。


ベンチから飛び出してきたのは、関西弁のトレーニングコーチだった。


「新井君! 大丈夫か!?」


彼は俺に駆け寄ると、乱暴に俺の左手のバッティンググローブを外す。


「よっしゃ! これ折れてるやん! 新井君! 病院いこ。な?」


マジで? 折れてんのかよ。それに、なんでよっしゃ!なんだよ。


「監督さーん! これ、駄目や。交代してあげて」


「そっかあ。しょうがないな。おーい、森。代走いってくれ」



ぼんやりと俺を見ていた監督の横から、ヘルメットを被った俊足の選手が現れ、俺はベンチ裏に下がるよう、何故かにやにやしたトレーニングコーチに指示されたのだ。





「新井さーん! どうぞー!!」


ベンチ裏に下がり、関西弁のトレーニングコーチに改めてデッドボールを受けた箇所を見てもらうと、俺はすぐさま車に乗せられ、病院へと直行した。


最近はいつでもところ構わずおふざけるファンキーキャラとしてプロ野球界で名も売れてきた俺だったが、左手に走り続ける激痛には、ただ口を閉じて顔を歪めることしか出来なかった。


球場近くのなんちゃら付属病院みたいなところにやってきて、たこ焼きのいい匂いがするロビーを通ると、受付をそのままスルーして、すぐさま診察室へと通された。


「あー。折れてるねー、これは」


「やったやん、新井君!やっぱり折れとるって」


だから、お前はなんで嬉しそうなんだよ。殴ってやろうか。


「今、ちょうど指先専用のギプスがあるからそれしてあげるね。1ヶ月は安静にするように。たまには顔を見せに来なさい。………はい、終わり」


はやっ!!



「ああ、すまん。すまん。別に新井君がケガしたことが嬉しいわけやなくて、今俺暇やから。ほら、今2軍にケガしとる奴おれへんし」


お前はなんでずっとニコニコしてんだよ。それでもトレーニングコーチか! と、待合室の真ん中で叫ぶと、慌てて関西弁コーチはすまん、すまんと俺に謝った。


「あ、新井くん………」


げっ。山吹みのりん!気が付くと、可愛らしいお洋服に身を包んだ山吹みのりんが。 どうしてみのりんがこの病院に!?


はっ! もしかして、産婦人科に用でも………。


「もしかして、折れちゃってたの?…… 痛い……?」


山吹さんは、他の指の倍くらい膨れ上がった左手の薬指を見ると、心配そうに俺の隣に座って、寄り添うようにして俺の顔を見つめてきた。


ああ、ごめんな。みのりん。俺の野球人生もここまでだという顔をしてみると、彼女の目元がじんわりと赤くなっていく。


「………そんな。………新井くんがどうして……」


「あんた、ただの骨折でしょうが。大袈裟すぎるんだけど、チョーウケる」



げっ! どうしてギャル女がここに!?

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