2軍デビューの新井さん。

「1番セカンド、仁村」


俺がネクストバッターズサークルにたどり着くと、打順はトップに返り、1番バッターが打席へと向かう。


俺はその背中、そして間合いを取る相手ピッチャーを見ながら、バットに見よう見まねで滑り止めのスプレーを施す。


スプレーの出し具合を明らかに失敗して、目の前が真っ白になるくらい舞った、中の滑り止め剤にむせ返りながら、両手でぎゅっぎゅっとバットを握る。


「ストライク!」




カンッ!



「ファウルボールの行方には、十分ご注意下さいませ」


相手ピッチャーの投球合わせて、足を上げながらタイミングを取り、バットを振る。


「……ボール!!」


1球、また1球と相手ピッチャーが放る度に、少しずつ自分の出番が近付いていくのを実感する。


「安東! 三振取ってやれ! 三振!!」


「………仁村! 落ちる球あるぞ! 頭に入れておけよ!!」



互いにのベンチ、観客席からの声がいくつも交差していく。


出番が近づくにつれ、何故だか俺の頭は少しずつクリアになっていった。




6球目か、7球目か。


ワンバウンドするような低めの変化球にバットがでかかり、ハーフスイングのような形になった。


そのショートバウンドになった投球を上手く捕球したキャッチャーがスイングスイング! とアピールする。


すると、3塁の塁審が右手の拳を頭上に掲げた。


三振だ。


悔しそうな表情でベンチに戻る1番バッターとすれ違うように、俺はバッターボックスへと向かう。


すると、背後から監督の声がする。


「アンパイア! アンパイア! そいつ、代打!」


投げやりでぶっきらぼうな言い方だ。ルーキーの初打席だぞ。


何か俺に一言かけろよ。


「北関東ビクトリーズ、選手の交代をお知らせします。バッター、桃白に代わりまして、新井。バッターは、新井。背番号64」


来た、ついに俺の出番が。


2軍だが、俺のプロ初打席がやってきたぞ。


しかし。


「…………………」


「……………………」



なんだこの、球場に漂う誰こいつ臭は。





1つ2つ深呼吸をして、ゆっくりと打席に向かう。


バッターボックスのすぐ横まで来て、1つ素振りをして相手キャッチャーと主審、ピッチャーに軽く頭を下げてお手柔らかにと頭を下げる。


「ういっす」


「分かったから打席に入れ」


てっきり無視されるものと思っていたから多少面食らいながらも、バッターボックスの中を軽くならして、肩の力を抜いてバットを構える。


顔を上げると、傾斜のあるマウンドに立つピッチャーが大きく見えた。


恐らく180ちょっとの身長なんだろうが、なんだか巨人が立っているように感じた。


それに、こうして試合の打席に立つのは何年ぶりだろう。人が投げた球を打つのはどれくらいぶりだろうかと。


そんなことを考えている間にピッチャーが足を上げて投球してきた。


ピッチャーから放たれた白いボールが一瞬にしてホームベースを通り過ぎていった。


「ストライーク!!」


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