よりによって今日はちょっと朝から喉が痛かった。

2軍監督からの頼み。




それはベンチで声を出してチームを盛り立てて欲しいというものだった。






北関東ビクトリーズは今年からプロ野球に新規参入したばかりで、親会社がアメリカに拠点を置くビクトリアカンパニーということもあり、他球団からなかなか選手が集まらなかった。






元はといえば、静岡をホームタウンにしたチームが財政難で消滅してしまったのが、北関東ビクトリーズが生まれる事の発端であった。静岡に所属していた主力は件並み愛知や神奈川、東京辺りのチームに出し抜かれ、獲得に失敗。






入団した選手は、他球団で戦力外になってい


た選手やトレードとして上げられていた選手ばかり。






つまりは、なかなかリーダーシップを発揮出来る選手が少なく、練習中や試合中もベンチの中が静か過ぎると、飯塚2軍監督はそう嘆いていたのだ。






俺に与えられた役割は、ベンチの中で積極的に声を出して、どんどん盛り上げてくれという、いわゆる声出し係。






ムードメーカー的なものに徹するよう要求してきた。


正直、声出してベンチを盛り上げるなんて、めんどくせえなあと思ってしまったが、そうしないと試合出れないからと自分に言い聞かせて、割りきって自分の仕事を全うすることにした。




まずは1番早くベンチに入り、誰も使わないだろう1番後ろで端っこの椅子にグラブとバットを置く。




そして、帽子を取ってグラウンドに挨拶をして、元気にストレッチしながらスキップでファールグラウンドで体を動かす。




「お願いしまーす!」




「おっしゃーす!」




すると、他の選手達がベンチに入り始め、まずはそいつらに声が小せえよと声を掛けながらコミュニケーションを取る。




今までたいして全体練習にいなかった奴が1番にグラウンド入りしてはしゃいでいるからか、戸惑っていた様子だが、今日がこの球場でやるオープン戦最後の試合だろうと俺は自分のペースに引き込んだ。







グラウンドでは、シートノックが行われ、俺も一応レフトのポジション入って、コーチが打つボールを追い掛けて処理する。








筋トレやら坂道ダッシュやらランニングやらばかりだったので、なんてことないシートノックすらも楽しくて仕方ない。






グローブをはめて、グラウンドに立って、大声でレフト!レフトォ! と、打球を追いかけるのがこんなに気持ちいいなんて。








しみじみ野球が出来る喜びを肌で感じていた。








その後、球場に響き渡るように大きな声を出して、必死にチームを盛り立てつつ、スタンドに目を移してみると、2軍戦とはいえ、ぼちぼちお客さんが入り始めている。




まだ見つけられていないけど、もしかしたらその中に山吹さんがいるんじゃないかと、胸を踊らせながら、俺はなんとしても目立とうと、ダイビングキャッチを試みたり、3バウンドくらいのレーザービームを放ってみたりと、俺のやる気は10万ボルトだ。




そして、シートノックも終わり、ベンチに戻ると、球場アナウンスでは両チームのスタメンが発表され始めた。








「お待たせいたしました。両チームのスターティングメンバーを発表致します!まずは、先攻の京都のスターティングメンバーを発表致します! 1番セカンド佐々木。セカンド佐々木。背番号32……」




ベンチの隅に立ってボケーっとしながらスコアボードを見つめる。




スタメン発表が行われているわけだが、既にシートノック前のベンチ裏でスタメンは教えられたので、なんとなーく、羨ましいなあと思いながらふけっていた。




羨ましくない?自分の名前がスコアボードに表示されるって。




高校の時はさ、試合に出られなかったから、チームメイトの名前が球場のスコアボードに出てるのが、すごい羨ましく感じたもんだ。




夏の大会となれば、学校で応援団とかチアリーダーとか結成されて、同級生がたくさん応援に来てくれるじゃん。




そこにはクラスの女の子達も来てたりするじゃない。普段はあまり話さないような子とかがさ。




そこで、スタメン発表の時に名前呼ばれたら……。あ、何々君はレギュラーなんだ。




とか。




何々君は2年生なのに4番なんだとか。そんな雰囲気になるじゃない。




3年間頑張って、その成果である夏の大会にそうやって同級生達に応援されたら、それは幸せだよね。一生の思い出だよね。




そんな気分を1度も味わったことがなかったから、俺はそんな考えになるのかもしれない

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