そのボウズは旅立っていった。
「いやー!でも、新井さんに言われた通り、下半身を意識するようになってから、少し飛距離が出るようになりましたよ。ほんと、ありがとうございます」
バッティングゲージの裏で浜出君とぺちゃくちゃお喋りをしていると、そんな話になった。
俺、彼に何かバッティングについてアドバイスしたかなあと考えてみると、そういえばキャンプが始まった頃にフリーバッティングで力みまくっていた彼に何か言った気がしなくもない。
周りは他のチームから移籍してきた4年目5年目の野手ばっかりだから、バッティング練習では、みんなバンバンスタンドに放り込むような当たりを連発しているわけよ。
そりゃあいくら2軍の選手とはいえ、バッティングピッチャーのおじさんが気持ちよく打たせてくれるわけだから、いくらでもかっ飛ばすことは出来るさ。
しかし、それを見た浜出君は、これがプロの壁かと圧倒されてしまったのだろう。
フリーバッティングになると、自分のパンチ力。すなわち、バッティングでパワーがあるところを見せようと躍起になって、らしくない大振りのスイングになってしまっていたんだ。
去年の甲子園では、コンパクトな打撃スタイルで打率4割を打った実績があったのに。
まだパチンコ屋でバイトしていた俺が仕事をサボってお客さんの休憩用のテレビで、こいつはいい選手だなあと、浜出君に関心していたくらいだったから。
そんな彼と今はこうして同じピンクのユニフォームを着ているから、なんだか不思議な気分。
だからプロに入ってすぐ、自分を見失っていた彼に、思わず偉そうに声を掛けてしまったのだ。
君のこと見てたよ。ってね。
今のように坂道ダッシュをサボりながらね。
「あははっ! そうっすよね! 俺も行ってみたいっすよ、その店に……あ」
会話の途中で、浜出君の言葉の歯切れが悪く、なんか俺の背後を見て気まずそうな顔をしたと思った時にはもう遅かった。
「おい! 新井。浜出の練習の邪魔してんじゃねえよ」
バシッと俺の頭をはたいた知らんコーチは怒りながら俺の首ねっこを掴む。
俺は将来の明るい高卒ルーキーにバッティング論を語っていたのだと反論したが、軽く鼻で笑われた。
「それじゃあ、未来の見えないオールドルーキーは早く坂道ダッシュに行ってきてくれ。グラウンドにいると邪魔になるぞ」
はいはい。言わなくてもそうしますよー。
俺がフリーバッティングさせてもらえるのは、あと何年後なんですかねえ。
30越えてからかな?そのくらいやってないとバッティング練習もさせてもらえないのかねえ。
俺はそんな感じでふてくされながら、グラウンド脇の坂道を登り始めた。
あ、そーだ。そーだ。浜出君に聞きたいことがあったことを思い出した俺は坂道ダッシュを20本こなした後に、またグラウンドの方へと足を向けてみた。
フリーバッティングは終わったようで、コーチと選手達がゲージやらボールやらを片付けているが、その中に小柄で色黒の坊主頭が見当たらない。
コーチに聞くと、また練習サボってと怒られそうなので、適当に見つけた名も知らん選手に浜出君の所在を聞いてみると……。
「ああ。あいつなら、さっき2軍監督に呼ばれて、荷物をまとめたと思ったら、グラウンドを急いで出て行ったぞ。1軍に呼ばれたんじゃないか?」
なんやて。浜出君が1軍に呼ばれただと?
あと1軍に上がっていない野手は、俺と浜出君だけだったのに。
彼がいなくなったら、1軍経験がないのは俺だけ……。
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