寮に入れないとか、そんなことになります?
「よーし、みんなおつかれさん。外にバスを用意しているから、そっちに移動してくれ。くれぐれも忘れ物をするなよ! 特に新井! お前は危なっかしいから気を付けろ!」
「サー、イエッサー!!」
新人合同自主トレ初日の恒例メニューとのことで、50メートル走と3000メートル走のタイムを計り、その後室内に移動して、握力や背筋力や肺活量、垂直跳びなんかやって色々と計測した。
まあ、パッと見た感じ。俺個人の結果は散々。そりゃあ、他の新人選手は、プロになれるかなれないか、所属するチームの試合で最後の最後まで死力を尽くすような、夏秋を送っていたわけで。
一方俺は冷房がガンガン効いたパチンコ屋でコーラ飲みながら適当にスロット台を目押ししていただけなんですから、体力的に勝てないのは当たり前。
スロットのビタ押し勝負とか。パチンコの釘読み選手権とか入れてくれないと不平等ですわよ。
ともかくそれらの計測が終わった新人選手達は、マイクロバスの中に押し込められ、20分程かけて移動した先には、若手選手が暮らす、球団の若手寮があった。
祝! 新入寮選手!! などと、表書きがあり、何人か地元のメディアや記者の姿もあった。
みんなでちょっとワクワクしながらぞろぞろとバスを降りると、寮長を名乗るおじさんがお出迎え。
白髪混じりの髪の毛をダンディにセッティングしている60代くらいの優しそうなおじさんだ。ちょっと痩せ気味だが、筋肉はありそう。腕から血管が浮き出ている。
そして、その方から入寮するにあたっての説明があり、いよいよ自室に入る段階になったのだが、様子がおかしい。
提示された部屋の見取り図に、俺の名前がないのだ。
俺はその事実を知って、それはそれは憤慨した。
寮の呼び鈴を連打したり、そばにあった竹ぼうきで激しく何回も素振りをしたり。
いよいよマイクロバスをひっくり返してやろうかと思った俺に、寮長のおじさんが思い出したように声をかけた。
「そうだ、そうだ。お前さんは寮には入れんよ。そのかわりに、近くのマンションを契約してあるから。聞いてなかったのか?」
「え? 俺はこの寮に入らないの?」
「ああ。部屋に空きがなくてな。君が1番年上だし、一人暮らし歴も長いと聞いていたからね」
おじさんはそう言ったのだ。
「おーい! 新井君はいるかー! 迎えに来たぞー!」
他のみんなは俺のことなんて興味なさげに、球団寮へと入っていく最中。
北関東ビクトリーズの球団ロゴが入った車を運転する男性が俺を呼び止めた。
俺は荷物を持って、その車に駆け寄る。
「君が新井君か。マンションまで送るから、乗り込んでくれ」
「アイアイサー!」
俺は指示に従い、後部座席に荷物を置き、助手席に乗り込む。
「いやー、ごめんねー。新人選手達は全員入寮出来る予定だったんだけど、外国人選手の兼ね合いがあって……」
職員の男性は詫びるようにそう話したが、よく考えたら、寮に入ったら、門限だの生活ルールだのでうるさいだろうから、別住みで正解かもしれないと、俺は考えた。
ざっと見た感じ、寮の周りにはパチンコ屋もなさそうだったし、北関東ビクトリーズの球団としてのルールを把握しているわけではないが、どう考えても寮に入らない方がフリーダムを守る観点においては得に決まってる。
まあ、1つ危惧することがあるとすれば、メシの問題だな。寮に入れば、栄養満点の食事が常に用意されるだろうからね。
「おつかれさまー! ここのマンションだよ。結構綺麗な所だろう?」
「おー、本当だ! 静かそうなところでいい感じですね」
球団寮から車で10分。国道から入ってしばらく進んだところに、4階建てのマンションがあった。
茶色をベースとしたおしゃれな外壁。30世帯くらいの規模のそのマンションの2階に、俺の部屋があるのだと彼は言った。
スペアと一緒にタグの付いた部屋のカギを渡され、俺は荷物を持って車を降りる。
「水道やガスも使えるようになっているし、近くにはスーパーやコンビニが何件かある。駅に向かうバス停も近いし、住み心地はいいと思うよ。何かあったら、俺に連絡してくれ」
「分かりました。お気をつけて」
球団職員の男性は、他にも仕事を抱えているのだろうか。車に乗ったまま俺に用件を伝えると、Uターンしてまた国道の方へと車を走らせて、すぐに見えなくなった。
しばらく辺りを見渡してみたが、マンションのすぐ下には滑り台や砂場がある公園があり、裏手にはフェンスに囲まれた駐車場がある。
周りは木々に囲まれている感じで、時折日光山方面からの爽やかな風が流れてくる。
今まで乗っていた軽自動車はもう手放してしまったが、宇都宮の郊外にしてはそれほど不便はなさそう。
とりあえず部屋に行きますか。
俺はカギに付いたタグを握り直して、、マンションの外階段を登り、203号室。これからお世話になる部屋へ足早に向かった。
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