新井さん、ちょっと荒ぶる。

シートノックの全てが終了し、またしばらく待機、ある選手はバット振りながら、あるピッチャーの選手は強めのキャッチボールをしながら。


気の利いた何人かの選手は、バックネットからトンボを持ち出して、ノックで荒れた内野のグラウンド整備に精を出していた。




その間、ビクトリーズのコーチ陣とチームスタッフだろうが、紙が挟まったバインダーを手にしたジャージ姿の男性達、合わせて10人くらいの人間達がバックネット前に集まり、名簿を見ながらこそこそと話し合っている。




「皆の者ご苦労だった。プロのトライアウトにしては短い時間だったかもしれないが許してくれ。名前を呼ばれた者は次のテストに進める。速やかに3塁ベンチ前へ移動すること」


サングラスを掛けたコーチはそう言って、バインダーに挟んだ用紙に目を移す。


「3番安藤! 11番 柏崎!」



早速番号の若い順から名前が呼ばれていく。


返事をし3塁ベンチの方向に走っていく奴らは、さすがに他の選手とは違う身のこなしや体つきをしている。ユニフォームを見れば、六大学や有名社会人チームの奴らが選ばれている者が多い。


やはり、ネームバリューか。結局は実力よりも、出身チームかよ。しょうもない新球団だよ、全く。俺はもうそんな感じでふてくされていた。


「24番、柴崎!!」


「ういっす!」


なんだと。ツンツン頭が呼ばれやがった。ちきしょう、俺のスポーツドリンク返しやがれ。


こうなったら、怒りに任せてその辺に転がっていたボールをひたすらバックネットに投げつけてやる。


グラウンドをめちゃめちゃにしてやるもんね。次のテストなんかやらせるかよ。


「…………さん。新井さん! 何やってんすか!?」


ボールをぶん投げていた俺の腕をツンツン頭が掴んで引っ張っていた。


わざわざ、呼ばれたのを自慢しにきやがったのか。いいよな、50メートルを5秒台で走れる奴は。


「ほら、新井さんも呼ばれましたよ。早く行きますよ」


えっ? 俺も呼ばれたの?




あらやだ。お恥ずかしいですわね。



「お前達、野手の20人はさらにここから少し実践的なテストを受けてもらう。マシン相手のフリーバッティングと、ケース打撃を行う。もう1度、名前とポジションを申告してくれ」


こーちからそんな言葉があり、さらに俺の中で緊張感が増した。


山風が吹き付けて寒いので、じんわりと右手が汗ばんでくる。


なんたって、野手勢の60人の中から絞られた20人の中に入ったんだ。すごいミラクルが発動した。


今1塁ベンチで荷物をまとめている奴ら。恐らくはどっかの強い大学や社会人チームでレギュラーだったような選手達を差し置いて、俺が選ばれたのだ。


それだけでも十分に誇らしい。


なんでもいいから紙かなんかに、トライアウトの1次試験は通りましたって書いてもらって、適当にビクトリーズのハンコを押してもらって、それを頭の上に掲げながら走って家に帰りたいくらいだ。


どうやら今からフリーバッティングやケース打撃をやるらしいけど、いいところを見せられる自信があまりない。


いつまでもだらだらとアルバイトをして暇を見つけてはパチンコしてるような人間だよ?


ケース打撃なんて出来るわけないじゃん。


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