大人になってからのシートノックはわりと楽しい。

「よーし! 最後1本バックだ! レフトいくぞ!!」


外野ノックは基本的な動きが出来るかどうかを見られていただけのようで、心配した程難しい打球は飛んで来なかった。


1度だけ、欲張ってレーザービームでアピールしようとしたせいで、3塁へのダイレクト返球が少し逸れたくらいで、後は無難にこなした。


最後のバックホームも、捕球してからの歩数がピッタリ合って、低いワンバウンドの送球がキャッチャーに届いた。


俺はダッシュでファールグラウンドを駆け抜けてノッカーに頭を下げた。


いやー。面白かった。


いい運動だった。なかなか思い通りに動けた。もちろん、他の外野手連中に比べたら全然であるが、初歩的な捕球ミスや大暴投がなかったので十分、十分。


他の外野手達センターを守っていた選手から、ほぼ俺を軽く上回るようなバックホームを披露しつつ、順番にノックから上がってきて、内野手も最後の1本を警戒に捌いてキャッチャーにボールを返し、次々と上がってきた。


特にその後の指示はなく、3組目のノックが始まったので、俺はベンチへと戻りカバンからスポーツドリンクを取り出す。



するとだ。横からひょいっと伸びてきた手が俺のスポーツドリンクをかっさらっていった。


「すんません、あざーす」


ツンツン頭の柴崎。またお前か。彼女に作ってもらった弁当食ったのに、まだ足りないか。



裏の自販機で買って来いよと指摘したのだが、何の躊躇もなく開けたペットボトルのスポーツドリンクをそのまま一気飲みしやがった。


「今、小銭持ってないんすよー。いーじゃないすか、もう1本あるみたいだし。ケチ臭いっすねー。そんなんじゃプロになれないっすよ?………ゴクゴク」


彼は少し長い前髪をかき上げながら、空になったペットボトルを事もあろうか、俺のカバンに投げ入れた。


2時間前に会ったばかりのやつにいちいちイライラしてもしょうがない。


俺のが年上なんだから、我慢してやらないとな。


どーせ、こんな奴はプロになれないし。今日限りで、もうこれから会う事もない。


弁当を作った彼女とやらとも、すぐに上手くいかなくなって別れるに決まってる。


そうに違いない。




俺はそう考えながら残り1本になったスポーツドリンクを開け、一気に体へ流し込む。



そうしているのは俺やツンツン頭だけではなくて、今ノックを受け終わった人間は皆そう。



ベンチに戻った彼らは、無駄な話をすることはなく、ふんーっ、ふんーっ、と荒れた呼吸を周りには隠すようにしながら、妙な静寂と緊張感の狭間にある空間に身を置いていた。



これで1次審査は終わり。次に進めるかどうかをとりあえずは祈るのみとなった。


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