サイン色紙を持ってくればよかったよ。

「ごんにちわああーっっす!!」


「よろしくおねがいしまああぁぁっす!!」


外野フェンスの側でキャッチボールを続けていると、1塁側のベンチから次々とトライアウト参加者が現れ、元気な挨拶がグラウンドに響く。



いかにも野球だけはずっとガチで真面目にやってきましたみたいな空気感がひしひしと伝わっくるような凄い挨拶。


もちろん、受付の人にそう言われたわけでもなく、グラウンドに入るゲートに見張りがいるわけでもない。



でも、誰1人として一切手を抜くことなく、腹から捻り出したような声をグラウンドに響かせる。



それがすぐ側の山や森に跳ね返って、グラウンドに集まる全員の耳に届く。



挨拶が聞こえればどこのチームの誰なのかと睨み合い。挨拶したばかりの奴も、またすぐ後ろから声が響けば振り返って一瞥くれてやるような緊張感。誰も口には出さぬが、バチバチとした視線がぶつかり合うそれらしい雰囲気になってきた。


まあしかし、どこかの大学生か、どこの社会人野球の人かユニフォームのローマ字やデザインを見ただけでは、俺は分からないけれど、みんないいガタイしてるな、やっぱり。


俺は170センチしかないから、今のところ集まっているトライアウト生の中でも小兵の部類だ。


「すいません。少し距離開けてもいいですか?」


キャッチボール相手の独立リーグ男は肩をぐるぐる回して、ボールを投げては後ろに下がり、みるみるキャッチボールの距離が広がっていく。


60メートル、70メートル。そのくらいの距離になっても、矢のように鋭いボールがビシッと返ってくる。


俺も高校までは投手だったから、肩の強さには少々自信あったけど、ちょっと叶わないかもしれない。


なんとか助走をつけながらで、少し山なりになりながら、やっとそいつの胸元にボールを返せるくらいだ。


やっぱり独立リーグに行って野球やってるだけあって、肩の強さだけでもレベルが違うのが分かるよ。


だいぶ自信無くなってきた。



20分ほど時間が経つと、トライアウトの準備が整ったようで、拡声器で案内され、ホームベースの後ろへと選手達が集められた。


「北関東ビクトリーズの2軍ヘッドコーチを務める柳だ。今このグラウンドには60人の参加者がいる。


この中から育成も含めたドラフトに引っかかるのは多くて2、3人くらいだろう。


お前達には狭き門だが、こんなチャンスはめったにない。己れの実力を我々に示す努力をしてくれ。以上だ」


サングラスをかけノックバットを持ちながらそう話したのは柳という2軍のヘッドコーチか。


確か、10年前くらいに東北のチームでキャッチャーをやっていた人だ。


ここ何年かは見なかったけど、新球団に招聘されていたとは。


テレビ中継で見ていた通りで、威圧感があって近寄りがたい。


よし。後で、サインもらいに行こう。


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