変わり果てた咲

流産をした後の咲は、何もする気力もなくなり、学校も休みがちになっていた。



学校に行けば、何処かで翔と会ってしまうかも知れなかったから。

翔に会うのが恐かったのだ。



そして…。

翔と付き合っていたら絶対にしなかったであろう、夜までバイトに明け暮れた。



もう、咲が翔の大切な存在になる事は、ないのだからと。


勿論、咲にとって翔以上に大切な存在になる人など、この世には存在しないのだから。



咲は自暴自棄になっていった。

精神科で処方される安定剤を大量に飲み、何度も救急搬送された。



一時は薬物依存症にまで陥(おちい)った。


安定剤が抜けると手が震える。

安定剤を呑めばその震えが止まるというまでに。



それなのに、昼間もバイトした。

この頃の咲の睡眠時間は3~4時間しかなかった。




まるで…。

自由な時間などいらない、とでもいうかの様に。




働いたお金は、湯水の様にブランド物やジュエリーを買い漁った。



そんな物で咲の心に空いた、翔と言う名の穴を埋める事など出来はしなかった。


そして、絶望を知る度に増やしてゆくピアスの数。




クレジットカードも10枚も持ち、一度のショッピングで20、30万使う事など日常茶飯事。

それを全部限度一杯まで使ってもなお、咲の心は満たされる事はなかった。




咲の借金が一千万を超えてしまい、毎月の支払い額が咲には払えない額になると、咲の両親が全額一括で払っていた。

するとまたカードを使う、の繰り返しだった。






そんな生活が数ヵ月続いた…。

もう、翔と付き合っていた、きらきら輝いていたあの頃の咲は何処にもいなくなっていた。




それでも咲に言い寄る男は後を絶たなかったのだ。

翔の守りがなくなった咲になら、誰でも手を出せたのだ。




咲が働いていたファミレスで知り合った女の子は、和美18才、長身でかなりの美人だった。

もうひとりいた明美って可愛い子も18才だった。

そして咲も18才。



こんな同じ歳の学校とは違う環境で出来た友達に、何故か咲は気が合ってしまった。



この頃の咲は、まだ翔と別れた傷を引きずったままだった。

何故かこの頃翔は、たまに思い出した様に、咲に電話をして来ていた。




内容は他愛もないものだった。

新しい単車を買ったから乗せてやる、とか言っては咲を呼び出す事もあった。




けど、会いに行ってもほんの数分で「じゃな!」と行ってしまう。



何故?

あたしを苦しめるの?

戻れないのなら、あたしの心を返してよ…。





そのストレスが咲を薬物依存症にまでさせたのだ。


安定剤を飲んで、何もかも忘れたい。

そんな咲の隙をつく出来事が起きた。



和子の彼氏の後輩だという男が咲に一目惚れしたらしく、ふたりの間である計画が立てられていた。



そんな目論見(もくろみ)に気付く咲ではなかったし、何より男の狡(ずる)さすら、知らなかった。





店が終わって帰ろうとしたその時。

和子の彼に「咲はそいつに送ってもらって」と言われた。




「えっ?」っと思った時には既(すで)に遅かった。

その男にハンドルを取られ、成す術もなくそのままホテルに連れて行かれた。




そこで咲は、酷い目に遭った。

その男は正常ではなかったのだ。


狂った豚の様な男に、汚される咲…。




泣き叫んでも、誰も助けてはくれなかった。


その時、初めて咲は、翔がどれほどの大きな力で自分を守ってくれていたのかを思い知る。


けれど、翔はもういないのだ。



翔からは時々電話が掛かって来るけど、それは大抵お金の無心だった。

翔は理恵と行くホテル代を、咲からもぎ取っていたのだ。




そんな事すら気付かない咲は、ただ翔に会えるのが嬉しくて待ち合わせの場所に向かった。




翔は咲からお金を受け取ると、すぐに行ってしまう。

咲はそれでも翔がお金を要求して来る事に、応えていた。




一瞬でもいい。

翔の顔が見られる。

翔の声が聞けるのなら…。


翔の目に、咲はどんな風に映っていたのだろう?



翔は一体どんな気持ちで、咲からお金を受け取っていたのだろう?




しかし、この頃咲はある問題を起こしてしまう。



店で一緒の明美と気が合って仲良くなり、店が早く終わったり休みの時は、ふたりで夜の市内に繰り出していた。




この頃、また翔が暴走族に戻ったという噂が、咲の耳に入って来た。



もともと何やらかすか分からない性格の翔だったが、この頃は特に荒れていた。



まるで…。

自分の命などいらない、とでもいうかのようだと聞いた。




咲はもしかしたら、翔に会えるかも知れない、などと夢を見ていたのだが。



声を掛けて来る男の数も半端じゃなかった。




「ねぇ、彼女ふたり?ドライブ行かない?」


「いかなーい。人探してるから」



どうでもいい男は適当にあしらっていた。

だって、本当に探していたんだもん…。

翔の姿を。




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