学園大騒動
翔に告白された次の日、咲はいつもと同じに登校して来た。
その咲を待っていたのは、考えもしなかった結果。
学園中が、蜂の巣をひっくり返した様に騒然としていた。
一体何があったのかと思い、泉に声を掛ける。
「ねぇ、今日学校騒々しくない?」
「咲、その原因はあんただよ」
泉がため息と共に言葉を押し出す。
「はい?なんであたしなの?」
そう言われても、咲には何の事かさっぱり判らない。
「赤井君と付き合ってるって噂がね、学園中に広まってるんだよ」
「え?だってそれ昨日の話だよ。いくらなんでも早すぎだと思うけど」
「うちの後輩達が喋っちゃったらしいよ。口止めしとくんだったね」
「じゃあ翔君のファンの子達が騒いじゃってるって事?」
「それだけじゃあないよ、咲。あんたのファンもね」
「だからなんであたしにファンがいる事になるのかな?」
「まだそんな事言ってるよ。ほら、見てごらんよ、この教室の中だけでも落ち込んでる男共がいるじゃない?分かんない?」
「さぁ……?」
泉に言われて教室を見ても、何処が違うのかすら、判らない。
けれど席についた時、いつも「おはよう」と声を掛けて来る、野島が何も言わない。
「野島君、おはよう。何だか大騒ぎになってるんだね?」
「工藤さん......昨日の手紙の相手は赤井だったの?」
「あ、うん、そうなんだ。それでね、あたし付き合う事にしたんだ」
野島はその咲の言葉を聞いて、また酷く落ち込んだ。
自分が相談を受けて、その結果自分は失恋した訳だから。
しかも相手は自分の部員の赤井だなんて。
だから手紙に名前を書かなかったのか。
俺が工藤さんと同じクラスだって知っていたからな。
そう言えば、最近よく赤井が来てたな。
あれも狙いは工藤さんだったって事か。
俺はピエロだったのか……。
野島の落胆は膨らんだ想いの分、大きすぎた。
その日は休み時間になる度に、女の子達が集まって来て咲を見ては何やらひそひそ囁いていた。
そこに咲を心配して翔が来たからまた大騒ぎになってしまった。
中には泣き出す女子まで出る始末。
「咲、大丈夫?」
「翔君、こんな所で呼び捨てはまずいよ。それでなくてもなんかよく分かんない状況になってるのに」
「ごめん、俺のせいだよね。でもこれだけは覚えててよ、俺は咲を手放なす気は絶対にないから」
「翔君、でも泣いちゃってる子もいるよ。あたしのせいだよね」
「それは違うよ、咲は何も悪くない。勝手に騒いでるヤツらに興味はないから、放っとけばいいんだよ」
その翔の言葉を聞いた女子の中からまた一層泣き声が増えていった。
咲はもういっそこの修羅場から逃げ出したかった。
その時、咲の隣りに座っていた野島智が突然翔に向かって怒鳴った。
「赤井、お前工藤さんをこんなくだらん騒ぎに巻き込んで、それでいいと思ってるのか?」
「の、野島君?」
いつも穏やかな野島の変貌にびっくりして、咲は声を掛けた。
翔はその言葉ひとつで、野島智も咲に片想いだと見抜いた。
「どうしたんですか?部長らしくないじゃないですか?そんなに怒るなんて。俺何かしましたか?」
まるで挑発する様な、翔の言葉。
咲は翔が何を言っているのかすら、判らない。
野島と翔の間で、火花が散った。
「最近お前がちょくちょく俺の所に来てた意味が分かったよ」
「へぇ、そうですか。でもそれが何か悪かったですか?俺はただ先輩に相談に来てただけですけどね」
翔は更に野島を挑発していった。
結局先輩、あんたは俺に負けたんだ、とばかりに。
やっぱり翔の中等部での噂は本当だと、改めて野島は気付いた。
「赤井、お前まさか工藤さんを弄ぶ気じゃないだろうな?お前の噂は知ってるぞ。もっとも工藤さんは知らないだろうがな」
野島は拳を握りしめながら、そう言った。
「何を言ってるんですか?俺は咲を本気で好きなんですよ。誰にも渡しませんよ、もちろん先輩にもね」
咲は驚いて「翔君?何を言ってるの?」と聞いた。
「やっぱり咲は気付かなかったんだね。野島先輩は咲の事が好きなんだよ。まぁ失恋しちゃったけどね」
「嘘……?」
「本当に自分の事解ってないね、咲。だから心配なんだよ」
翔の口から以外な言葉が飛び出したが、咲には信じられなかった。
野島は自分で告白したんじゃなく、負けを認めなきゃならない相手の口から咲に自分の気持ちを知られてしまい、何も言えなくなって俯いている。
そんな野島が可哀想に思えて咲は「野島君、あの「咲、何も言うな。ちょっと一緒においで」」
強引に咲の手首を掴んで、教室から連れ出した。
そのまま屋上まで咲は連れて行かれた。
「翔君、どうしたの?」
いきなり手を掴まれて、咲には何が何だか判らなかった。
「失恋した男に、その相手が同情しちゃダメだよ。男には負けてもプライドがあるんだ。俺が先輩に言うのとは次元が違うよ。先輩立ち直れなくなっちゃうからな」
屋上には誰もいなかった。
やっとあの喧騒から逃げ出せたとほっとした。
そして、ふと我に返って、ここには自分と翔しかいない事に気付いた。
瞬間、翔に腕を掴まれ抱き締められた。
翔の温もりが伝わってくる。
「咲、ごめんな。嫌な思いさせちゃって」
「ううん、あたしは平気……。でもみんなが……「咲は何も心配しなくていい。俺が守る!」」
何だろう?
どうしてこんなに翔君の腕の中は安心できるんだろう?
それに力強い言葉。
あたしは、あたしは翔君が好き。
「翔君、あたし翔君が好き……」
「俺も咲が好きだ。誰かをこんなに大切だと思ったのは咲が初めてなんだ。だから傷付けたくない。咲を傷付けるヤツは誰だろうと俺が許さない!」
静かに翔は咲の髪を撫でた。
本当はここでキスぐらいならしてもいいかな、って思って連れてきたんだけどな。
まだ早いかな。
でも俺もうそんなに自分を抑えてる自信がなくなって来たよ。
「翔君……授業が始まってると思うんだけど。いつまでこうしているの?」
「教室に戻ったら、また咲は見世物みたいになっちゃうよ。だったらここにいた方が静かでいいじゃない」
見世物かぁ……。
確かに突き刺さる様な、殺気のこもった視線を感じた気はしてたけど。
でも、それってあたしが翔君と付き合ってる間はずっとそうなんじゃないのかな?
……あんまり考えたくなくなって来た。
不安そうな表情をしてる咲に、翔が気付かない筈がない。
「咲?何がそんなに不安なの?」
「うん……あたしが翔君の彼女でいる間は、ずっとこんな日が続くのかなって思って」
「そんな事か、俺が付いてる。誰にも俺達の邪魔はさせないよ」
「翔君って、どうしてそんなに強いの?あたしの方が年上なのに、逆みたいだよね」
「そうか、咲は俺の事も何にも知らないんだね。じゃあ教えてあげようか?俺の中等部時代の話しだけどね」
「中等部?聞きたい。教えて、翔君」
「じゃあ俺の頼み、ひとつ聞いてくれる?」
「なあに?」
「ちょっとだけ目を瞑(つむ)ってて」
「目?うん、分かった」
咲が目を閉じた瞬間、その唇に柔らかい感触。
びっくりして目を開けようとしたその時、咲の身体は金縛りに合った様に、身動きが取れなくなった。
それが翔からのキスだと分かるまでには、かなりの時間が掛かった。
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