赤井翔の過去

紅葉学園中等部に、一際目立つ存在の男子がいた。



三年でバスケット部のエース、赤井翔。



その容姿も群を抜いて目立つ存在だったのだが、何より目立っていたのは、短気でケンカっ早いという事。


翔には、12人の仲間がいる。

その仲間とわざわざ他校にまで乗り込んでは、ケンカ。



しかもなりふり構わず13人で大暴れして来る。

職員室を燃やして新聞沙汰になった事もあった。

パトカーまで来た事もあった。

警官に「誰が首謀者だ?」と聞かれた時、12人全員が翔を指差した。



中等部はおろか、市内の中学校でも翔にケンカを売る奴はいなくなっていた。

いつでも我が道をゆく翔は、ケンカと聞けばすっ飛んで行く。



中等部の翔の毎日はケンカとバスケだけが生き甲斐だった。

相手が誰だろうと、突っ張ってくる奴は徹底的に潰す。


いつしか翔は市内では、かなり名前が通った番長的存在になっていた。



誰しもが、赤井翔と聞いただけで尻込みするまでに。



それでも何故か?

女の子には絶大な人気があり、他校にまでファンクラブが出来る程だった。



しかし……。

翔自身、好きだと言われればその子と付き合うけど、そんなのは翔にとって遊びでしかなかった。



それは恋愛じゃなくて、ただの欲求のはけ口でしかなかったから。

翔はそれを重々承知で次々と彼女という名の遊び道具を変えていった。



それで泣いた女の子は一体どれだけの数がいたのだろうか?


それでも翔の人気は凄かった。

短気でケンカ好き。

しかも付き合ってる女すら、特別扱いはしなかった。



だから簡単に捨てる。

相手が泣こうと翔は自分が飽きたら捨てる、その繰り返しだった。


そんな翔が一番気になっていたのが、当時高等部二年の工藤咲だった。


咲の噂は中等部にまで流れて来ていた。




チアガール部というそれだけでも目立つ存在の部活に在籍してなお、咲の人気は不動のものだった。


他校にまで名前が知れ渡る程に。

しかし、咲本人にその自覚は微塵もない。



翔は咲の存在がずっと心に引っかかっていた。




文化祭でちらっと見た事があった。

小さな身体で一心不乱に踊るその姿は、とても年上には見えなかった。




『可愛い。あの子と付き合いたい』



いつからか、翔の心を支配していた咲の存在。

翔の方から誰かと付き合いたい、なんて考えた事もなかった。



翔は年下の自分を果たして咲が相手にしてくれるだろうか、珍しく、いや恐らく翔にとって初めての戸惑いだったのだ。



そして、戸惑えば戸惑う程、底なし沼にずぶずぶと飲み込まれる様な感情が目覚め始めていた。



翔にとっては初めての恋、なのかも知れない。




高等部に進んで、咲との距離も縮まった様に感じていた翔に、水を差す様にはしゃぐファンクラブの女子達。



そして、振られたらしいバスケ部の先輩。

こんな俺が告白しても相手にして貰えないかも知れないな。

翔にとって、初めての戸惑いだった。



バレーコートの向こうステージの上から、音楽が流れてくる。

それに合わせて踊る咲の姿には、やっぱり視線を奪われる。



そう言えば、チアガール部の部長だっけな。

それだけの実力は持ってる訳なんだな。



後輩にも人気あるって聞いた事ある。

後輩の男子の中でも人気は高いからな。



でも俺は彼女が欲しい。

誰にも渡したくない。



誰かのものになる前に、俺のものにしたい。

翔が初めて本気で付き合いたいと思った女の子が咲だった。



翔が本気でひとりの女の子を好きになるとは思わなかった。


それだけ翔は今の今までいい加減な付き合いしかした事がなかった訳だ。




遊びは終わり。

本気で付き合いを申し込んでみよう、と考えた。


けれど、殆んど会話すらした事のない今の状態じゃ断られるのがおちだ。




まずはとにかく近づこう。

少しでも話せる機会を作ろう。




そう言えば部長は工藤さんと同じクラスだったな。


部長をダシに使えば工藤さんと話すチャンスがあるかも知れない。

色々と策をめぐらす翔だった。





だが、翔には重大な見落としがあった。

部長の野島が、咲に片思いだという事を知らなかった。




もっとも、それを知ったからと言っても野島は咲に告白していない。

その時点で何も行動していない野島に勝ち目はないだろう。




それからの翔は、何かしら理由を付けては野島、いや、正確には咲の教室に頻繁に顔を出す様になっていた。



「キャプテン、今日の練習の件ですが」



もっともらしい用事を作っては、咲のクラスに来る翔。



「なんだ、赤井じゃないか。どうした?何かあったか?」


「いえ、俺をもっと鍛えて下さい。俺真面目に一年でスタメンに入るつもりでいますから」


「はは、そんな事か。それなら俺もちゃんと考えてるさ」





野島キャプテンの隣りの席に、咲はいた。


ちょこんと座ったまま頬杖えを付いて、視線は窓の外に向けられたままで。



翔が三年の教室に入った時から、騒然としていた。

その喧騒の中、咲だけが何も変わらず窓の外を眺めていた。




「あれ、キャプテンの隣りの席って、あの有名な工藤先輩ですか?」


「うん、まぁ、そうだけど」




少し照れた様子で野島は答えた。


咲は自分の名前を呼ばれてふ、とそちらに視線を向けた。

その刹那、翔と咲の視線がぶつかった。

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