赤井翔の片想い

その学園を今年、一際賑わせている人物が一年二組、バスケット部の赤井翔(あかいかける)だった。




中等部から進学して来たが、噂では中等部や、他の中学校にもファンクラブがある程の人気者らしい。




が、かなりケンカっ早い性格で、市内では赤井翔の名前を知らない奴はいない程だった。




その容姿は、ひと目で判る可愛らしい下がり気味の眼差しと、ふんわり緩めにウェーブのかかった髪。



身長はあまり高くはなかったが、それが彼の持つ独特の雰囲気にぴたりと当てはまっていた。




彼がバスケット部に入部してから、女子バスケット部への入部者が激増していた。



……下心丸出しの女子がどれだけ多いのだろうか?



咲のいるステージからもバスケットコートはよく見える。


そして、その反対に翔のいるバスケのコートからも咲の姿はよく見えていた。




翔ははしゃぐ女子には目もくれずに、ひたすら練習に打ち込んでいた。




一年でレギュラーになる為に。




しかし、翔がコートを走る度、シュートを決める度、体育館内には悲鳴のような歓声が鳴り響く。



そんな観客に翔は辟易(へきえき)していた。


中等部の時もそうだったのだが、まさか高等部に来てまでこれとは……。




しかも、中等部の女の子まで観客に混じってはしゃぐ始末だ。

それでも翔はひたすら練習に打ち込んでいた。



その瞳に、咲の存在が映っていた。



チアガール部に可愛い子がいる、という噂は翔が中等部にいる頃から聞いていた。




翔は確かにもてた。

しかし、それをいい事に女の子をとっかえひっかえ散々遊んでいたのだ。



遊ばれて捨てられて、泣いた女の子の数は相当なものらしかった。

それでも翔の彼女になりたがっている女の子は、後を絶たなかった。



それだけ翔には、何か不思議な魅力があった。

けれど翔の視線の先には、今もステージの上で踊る咲の姿があった。




『三年生か……可愛いな。俺が告ったら付き合ってくれるだろうか?』



年上で、しかもかなりもてるらしいのに、そういう事に全然興味がないらしいと噂になる程の恋愛音痴だ。



先輩達の間では、誰が咲を落とせるか、なんて事がいつしか広まっていた。



『つまり、誰とも付き合った事がないって事か。いきなり告白しても無理かな?』



翔はいつしか本気で咲に惚れていた……。



「ねぇ咲、バスケ部の練習見に行こうよ?」



唐突に泉の口から出た言葉に、咲は不思議そうに「なんで?」と聞き返した。


「だから、今一番話題の少年赤井君を見に行こうってば」


「泉…あんたもかなり物好きだね。彼氏はどうしたの?」


「いいじゃん、少し見るぐらい。ねぇ、晴美も見たいよね?」


「うん、見たい。咲、ちょっとだけ練習抜けてさ行こうよ?」


「でもあたしが練習抜ける訳には……」



咲は一応キャプテンという立場だ。

後輩も練習もそっちのけにしていたら、キャプテン失格だと思われてしまう。



「大丈夫だって、今はまだ柔軟やってるからさ」



かなり強引な泉に負けて、咲は仕方なくふたりと一緒にバスケットコートに向かった。

ちょっと見ればふたりも気が済むんだろうね。




……咲は全く興味がなかった。

学園のアイドルと騒がれている、赤井翔という人物に。



「おい、あれ工藤さんじゃね?」



バスケ部の男子のひとりが咲を見てそう言った。




「本当だ、何しに来たのかな?」


「まさか工藤さんまで赤井のファンなんじゃ?」


「よせよ、工藤さんはそーゆうの興味ないんだからさ」


「お前、何でそんな事知ってんの?」


「え、あ、いや、えーと……「さてはお前、告って振られたな?」」


「ち、ちげーよ……ただ、手紙出しただけだよ」と、聞かれた男子はしどろもどろに誤魔化していた。


「へぇ~、それで振られたって訳ね」





今度は男子バスケ部からそんな声が聞こえて来た。

翔がそれを聞き逃す筈がなかった。




あの子が噂の工藤咲。


大勢のギャラリーの中でも、一際人目を引く存在なのは確かだった。

バスケ部の先輩も振られてるのか、噂は本当なんだな。



近くで見ると、随分小さいんだな。


でも、あのプロポーションは見事だな。

ポニーテールもよく似合ってるし、何より俺が一番好きなヘアスタイルなんだよなぁ。



そんな目で見られてるなんて、この時の咲は夢にも思わなかった。



ベンチにいた翔は、咲をただじっと見つめていた。

ふ……と、翔の視線に気付いたかの様に、咲と目が合った。



ドクン!!

翔の心臓が早鐘を打ち、思わず視線を逸らしてしまった。


咲の隣りにいるふたりは何やらこっちを見て話している。



が、肝心の咲は何の関心もない、といった素振りでふたりに何やら話し掛けていた。



「そろそろ戻ろう?」



もういい加減部に戻らなくちゃ。

部長が遊んでたら、後輩が何て思うか判らないよ。



「え?もう少し、いいじゃない」


「ダメ。もう練習始めなきゃ。それにステージの上からでも見えるよ」


「残念ー、赤井君のバスケ姿、見たかったのになぁ」


「今日じゃなくても見られるよ。早く戻ろう」



咲に諭されて渋々ふたりも練習に戻って行った。





「咲ってば、本当に興味ないの?」




練習に戻った泉が聞いて来た。



咲は泉の言いたい事が分からなくて「何が?」と聞き返した。


「だからー、赤井君だよ。あんなにみんな騒いでるのに咲だけだよ、全然興味ないのって」


「それは個人差があるんじゃないの?別にあたしが赤井君の事で騒いだからって、何も変わらないよ」




一年生が踊ってるのをじっと見ながら、時たま「そこ、足上がってないよ」と、指摘していた。




咲の頭の中は、10月にある県大会でいっぱいだった。



そこで何としても、金賞を取って全国大会に進む事だけだ。

それが先輩達の叶わなかった夢だったから。



咲はその叶わなかったと泣いていた先輩達の顔がどうしても記憶から消えなかった。



だから、あたしがその夢を叶えるんだ。

17才の咲にとって、チアガール部は生き甲斐そのものなのだ。



しかし、そんな咲にも考えたくない事もある。



それは……。

咲自身認めたくない事だけど、泉の言葉は嘘じゃないって事。

確かに咲は告白されたり、手紙を貰ったりする。

それは本当の事だったから。




そして一番困るのは、殆んど面識のない人から付き合いを申し込まれる時。

でも、それは咲自身が望んだ相手じゃなかったから、丁重にお断りして来ただけの事。




そう、この時まではそう考えていたのは、事実。


そんな事がいつしか噂になって、噂は次第に誇大していき、咲は誰とも付き合わない、などと言われる羽目になっていったのだ。



そして今では、誰が咲を落とすか?なんてどうでもいい事が密やかに噂になっていた。



そんな噂が流れてたなんて、知る由もなかったけれど。




ステージの向こう、バレーコートを挟んでバスケットコートが見える。

翔が練習しているのが時折見え隠れしていた。




まぁ……。

確かに話題にはなるだろうな。



あのルックスの良さは他を寄せ付けない圧倒的なものに見えた。

けれど、彼には何かもっと他と違う不思議な魅力があるように映っていた。



それが何なのかを知るには、咲はまだ未熟で幼かった。



同時刻、翔がコート内をドリブルしながら走っていた。



シュートを決めようとした、その瞬間、咲の姿が視界に飛び込んで来た。

思わず視線をとられ、シュートは失敗に終わった。



「赤井、何だ?その凡ミス?お前らしくないな」



先輩に言われても反論出来る訳もなくただ「すみません」とだけ呟いた。


「赤井、もう一度、シュートだ。決めろよ」


「はい」



中等部ではエースだった翔に、三年生でキャプテンの野島は期待を賭けていた。




実はこの野島智(さとし)も、咲に想いを寄せるひとりであった。


とは言っても、咲の噂を聞いているから告白には至ってはいないのだが。


勿論咲は、野島智が自分の事をどう思ってるかなんて、考えもしない。

咲にとっては、野島智は隣りの席の住人で、バスケ部のキャプテン、という存在でしかなかった。



教室では、咲と普通にクラスメイトとしての会話こそするが、その想いは膨らみ過ぎた風船のように、弾ける寸前だった。



咲は誰とでも普通に話す明るい性格で、それがまた男子達に誤解させてしまう結果となっていた。



しかも咲は異性を意識する様子が全くなかった。

それは言い換えれば無防備そのものでもあるのだが。





翔はバスケットコートから見える咲に気が散ってしまって、練習はボロボロだった。



「どうした?赤井、体調でも悪いのか?」


「いえ、そう言う訳では……」




まさか、咲に見惚れて集中出来ない、などとは口が裂けても言える筈がない。


けれどこのままではスタメンに入れなくなる。

それだけは避けなければならない。




「先輩、もう一度お願いします」


「よし、行くぞ。今度こそ決めろよ」


「はい」




翔が華麗にシュートを決めた。


瞬間、ギャラリーから歓声が上がった。

その声に翔は一瞬、顔をしかめた。


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