おじいちゃんの恋人
まだ名前が無い鳥
第1話
私のおじいちゃんには恋人がいる。
毎日毎日、彼女とのデートが楽しみで仕方ない様子だ。孫の私には分かる。
「かえでちゃん、今日も美しいね。」
おじいちゃんの恋人の名前はかえでちゃん。おじいちゃんは嬉しそうにその名前を口にする。
「ねえ、おじいちゃん。おばあちゃんにご飯あげた?」
「ああ、あげたよ」
「おばあちゃん今日は元気?」
「ああ、元気だよ」
「そっか、良かった。」
「ああ、ほんとうに。良かったよ。」
おじいちゃんは毎日、おばあちゃんのお世話をする。私がするよ、と言っても決して譲ろうとはしない。
そして毎日決まってこう言うんだ
「すまないが、お使いを頼めるかな」と。
私は「わかったよ。」と毎日同じ返事をする。
私のおじいちゃんはよく、最近の出来事を忘れてしまう。昔のことは忘れないのに。
「では行ってくるよ」
そう言っておじいちゃんは嬉しそうに家を出た。
「お使い頼むよって、私に言ったの忘れたのね。でもきっと嬉しいのね」
私はそっとおじいちゃんの後を追う。孫の私は知っている。おじいちゃんが何処へ向かうのか。おじいちゃんは嬉しそうに家をでた。私はおじいちゃんに恋人が居ることを知っている。
商店街におじいちゃんの姿がある。きまって此処に来る。「いらっしゃい」と店の人が出てくる。
「いやあ、こんにちわ。よかったらおまんじゅうを2つ頂けますかね。」
「2つですね。毎度ありがとうございます。気に入っていただけている様で、つくりがいがあります。」
「妻が好きでして」
私は考える。おじいちゃんは今、何を思っているのか。お会計が済み、袋を受け取り歩き出す。わたしはまたそっと後を追う。
「今日もまた会いにきたよ」そう言ってお墓の前で手を合わせる。毎日の日課である。
「おまんじゅう、買ってきたよ。君は大好きだったよね。今度来るときは何がいいかな?みたらし団子は苦手と言っていたね。僕は大好物だけど。君はあんこが好きだからね。」
おじいちゃんは最近の事をよく忘れてしまう。きっと明日もお饅頭を持って此処に来るだろう。それから昔話をしておじいちゃんは
「また来るよ。寂しくない様になるべく早く来るからね」と、手を振り帰っていった。
きっとおじいちゃんはまた明日も来るだろう。
家に帰ると、先に着いたおじいちゃんがコチラを見ている
「やあ。何処にいっていたんだい?」
「おじいちゃんに頼まれたものさ」
私は鞄から取り出しておじいちゃんに渡す。
「おお、そうだった。すっかり忘れていたよ。ありがとう」
おじいちゃんはすぐ忘れてしまう。昔の事は忘れないのに。
おじいちゃんには恋人がいる
おじいちゃんの部屋には水槽がある。大きな大きな水槽。そこには1匹のコイがいる。とても美しい赤と白のコイ。
「やあ。かえでちゃん。待っていたかい?お腹は空いてないかな?体調はどうだい?僕は今日も元気だよ。」
おじいちゃんには恋人がいる。
朝、おじいちゃんは仏壇を綺麗に掃除する。朝、昼、夜おばあちゃんに手を合わせご飯をあげる。
昼、水槽の掃除をする。かえでちゃんと呼ぶコイに餌をあげる。
夕方、おまんじゅうを2つ買い、お墓参りに行く
散歩から帰ると、かえでちゃんにご飯をあげる。
コイに名付けたかえでちゃんはおじいちゃんが付けた名前だ。
おばあちゃんは3年前に亡くなった。
コイのかえでちゃんはおばあちゃんが亡くなる前に可愛がっていたおばあちゃんのペットだ。おじいちゃんはおばあちゃんが可愛いがっていたコイにおばあちゃんの名前をつけたのだ。
私は知っている。おじいちゃんは忘れやすくなっている。
私は知っている。おじいちゃんには恋人が居ることを。
おじいちゃんは知らない。私のことをかえでちゃんと呼んだことを。たった一回だけだ。おじいちゃんは知らない。すっかり忘れているからだ。
私は知っている。おじいちゃんがおばあちゃんを忘れた日は無い事を。いつまでも「かえでちゃん」がおじいちゃんの恋人である事を。
おじいちゃんの恋人 まだ名前が無い鳥 @ugly-duckling
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